為末:さすが鋭いです。そうなんだと思います。僕は子どもだけでなく、選手も教えることがあるのですが、「どっちがいいと思う?」といった質問をすると、「どちらが正しいのか?」と聞き返されることが多い。僕としては、好きなほうを選んでほしくて聞いているのですが、好き嫌いよりも「どちらが正しいのか?」ということを優先する傾向があります。つまり、主観を言うことが苦手。そもそも、何が好きで何が嫌いなのかが、自分自身のことなのにわかっていない感じなのです。その点も、社会に出てから苦労する要因かもしれません。社会で自分が何をやりたいのかが、わかっていないのですから。だから、アスリートは、現役時代から自分の好き嫌いについて、考える癖をつけるべきだと思います。
楠木:アスリートの人はどうしてそうなるのでしょうか。早くから、コーチに教わるからでしょうか。
為末:今、スポーツを教わる子どもたちがどんどん低年齢化しています。まず、親御さんたちが、早く習わせようとします。それは、レベルの高いアスリートにするには、早くからトレーニングを始めたほうが有利になると言われているからです。たとえば、サッカーであれば、ボールタッチの優れた感覚を身に付けるには、10歳になる前からトレーニングしたほうがいい、といったことです。体操であれば、6歳から9歳で回転感覚が身に付くので、その段階で習わせたほうがいいとか。
楠木:本当にそうなのですか?
為末:ある程度、事実だと思います。体操では、12歳以降に始めた人でオリンピアン(オリンピック出場経験者)になった人はいないと言われています。したがって、子どもがその種目を好きになる前に習い始めることになるので、その種目が本当に好きなのかどうか、自分自身でもはっきりしないのだと思います。陸上選手の場合は、もっとわかりやすい部分があります。だいたい、小さい頃から足が速いので、自分の才能に気づきやすい。しかも、小学生とか中学生あたりは、足が速いと周囲から過剰に評価されるじゃないですか。女の子にもモテたり(笑)。
楠木:為末さんもそうでしたか?
為末:足はむちゃくちゃ速かったです。実家の犬よりも速かったですから(笑)。だから、15歳くらいから、足の速さで食べていけると思っていました。このように、陸上選手の場合は、自分の才能に気づきやすいわけです。競技を好きになる前に、向いていることがわかる。向いているから好きになる、ということも起きますが。
楠木:そうか、アスリート、特に陸上選手は、仕事としての成立するプロセスが、一般の人とはかなり違うんですね。サラリーマンを含め、多くの人たちにとっての仕事とは、ある程度続けてみないと向き不向きがわからないものですよね。極端に言うと、営業の仕事を10年やってみて向いていることがわかった、みたいな感じ。一方で陸上選手は、やり始めたときから向いていることがわかる。というか、最初から向いているとよくわかったうえでやり始める。この違いは大きいですね。
為末さんの発言を誤解している人は、その辺の為末さんの陸上選手というイメージに引きずられていそうですね。「勝てないのは努力が足りないからじゃない」といったコメントに対して、「それはもともと足が速くて恵まれた人だから言えることだ」と誤解して受け取ってしまう。仕事の向き不向きといった大事な問題について触れようとしているのに、先入観が邪魔をしている。
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