「夢を諦めない」という言葉が大嫌い

為末大 元プロ陸上選手の好き嫌い(下)

「諦める」ことの大切さ

為末:確かに、僕の発言というのはスポーツ選手らしくないですから。スポーツ選手として周囲から求められている、キレイなコメントというのはわかっているのです。「諦めなければ夢はかなう」。それに対して『諦める力』ですから。

楠木:僕は「夢を諦めない」という言葉が大嫌い(笑)。なんで「夢」なんて言うのか?  単純に「目標」と言えばいい。フワフワした、夢なんて言っているから、いつまでも経っても達成できない。すでにもう、夢という言葉自体に、達成できなくてもいいやっていう気持ちが入っている。で、そういう人に限って、物事がうまくいかないと、ブツブツと他人のせいにしたり、環境のせいにしたりする。誰も頼んでいないんだよ、と思いますね。それを口にすると、傲慢であるとか言われますが(笑)。

あと、嫌いな言葉でいえば、「勝ち組・負け組」。下品だし、なんでわざわざ「組」になるのか。勝手にひとりで勝ったり、負けたりしてくれよと。あと、スポーツ関係で言うと、新聞の見出しなんかにある「感動をありがとう」。感動って人からもらうものじゃないでしょ。この言葉の裏には、「感動をよこせ」っていう気持ちがあって、いやしいにもほどがある、と思うんですよ。自分で勝手に感動しろ――ちょっと、興奮してしまいましたが(笑)、為末さんは嫌いな言葉はありますか。

為末:僕は「期待」かな。「期待しています」と言われるのがイヤです。期待されると、結果が出ないときは、「がっかりしました」になりますから。僕から期待をお願いしたことはないですけどね(笑)。

楠木:イイですね(笑)。スポーツ選手だと、「応援しています」ってよく言われるでしょう? あれも、言われたところで、「じゃ、具体的に何をしてくれるんですか?」っていう話ですよね。こういうのは自分の中ですることでしょう。みんな、他人とのつながりを求めすぎていると思うのですよ。で、期待した選手がうまくいかないと、ブーブー言ったりする。あれは最悪ですね。

為末:そうかもしれません(笑)。僕はこういう性質が強くあって、試合のときは自分の家族にも、どうか応援に来てくれるな、と伝えていました。競技場に入ると、周囲を見る余裕はなくて、自分以外はみんなモノに見なしてから、競技に臨んでいましたから。

前向きに「諦める」ことから、自分らしい人生が開けてくる――。ネット上で炎上騒ぎを巻き起こした「走る哲学者」の最新作。

楠木:ここで、為末さんの発言をめぐる誤解に話を戻すと、為末さんの「諦める力」という言葉を誤解している人は、「続ける」よりも「諦める」ことのほうがデフォルトで、むしろ普通だということに気づいていない。重要な意思決定とか判断というのは、つねに何かを諦めている。みんな初めから1万個の中から速攻で9997個くらいは捨てているのです。論理的にはそもそも無限の選択肢が広がっている中で、特定少数のことを選んでいるということは、人間は誰しも諦めまくっているわけです。僕も陸上競技は端から諦めていますよ。向いてないし、嫌いだから(笑)。「諦めないでいる」ということが、むしろきわめて特殊なことだと思うのです。人生は諦めの連続。為末さんが、400ハードルを選んだのも、ほかの競技を諦めたからですよね。

為末:まさにそうです。たとえば、オリンピックの男子の陸上競技は26種目あります。ハードルでも、110メートルか400メートルかどちらかを選ばなくてはなりませんから。

楠木:世界のアスリートはたった26の中から頂点をめざして競っているのですね。メダルでいうと、26×3で70くらいですよね。僕みたいに好き嫌いとか、川中みゆき型とか言ってられない(笑)。でも、人間が生きているうちにできる仕事の種目なんて、多くても2~3個ではないかと思います。これはごく自然なことで、一流のレベルでできる仕事になれば、ほとんどの人は1個くらい。他はすべて諦めてきている。

為末:それに気づいていない人が多すぎると思います。あのイチロー選手だって、サッカーを諦めていなければ、現在の記録はないわけです。野球については諦めていませんが、それは別のことを諦めているうえで成立している。そこを見落としています。そのあたりの事情がわかっていない人というのは、おそらく、物事を決められなかったり、物を捨てることができていなかったりしているのではないか。全般にわたる未練がましさみたいなものが、通底している気がします。

楠木:欲張りなのですよ。欲がありすぎ。だから諦めきれない。

為末:僕は現役の終盤に入ったとき、意識して「欲」を絞り込みました。テレビのバラエティ番組などに出演してギャラをもらう、といったことが続くと、欲が散漫になる気がしたのです。そこで、競技で結果を出すという本来の欲に絞り込んで、いろんなことを諦めるようにしました。そうしないと、肝心のときに踏ん張れないというか、力が出せないと考えたからです。

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