保育士の「地域ごとの年収」開示が今必要な理由 「保育の質」に関わる超重要な問題だ

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ではいったい、人件費はどこに消えているのか。筆者は本媒体でも繰り返し、保育士が低賃金になる大きな原因を作る「委託費の弾力運用」という制度を問題視してきた。

委託費の大部分を占める人件費がほかに流用できる「委託費の弾力運用」という仕組みにより、本来はその保育園のために使う人件費であっても同一法人が運営するほかの施設への補填や施設整備費などに回されていき、人件費だけでなく子どもの玩具も満足に買えない状況もある。

人件費額がオープンになれば不正支出防止にも

さらには制度の網の目をかいくぐって数千万円単位の委託費が経営陣に私的流用される問題まで発覚している。

そして、事業者に性善説がまかり通らないことが新型コロナウイルス禍の中で露呈した。コロナが流行して保育園が臨時休園になったとしても、国は委託費を満額支給した。

それには保育士が休業しても人件費を通常どおり支払うことで離職を防止する意図があったが、国の通達に従わない事業者が現れ、全国各地で賃金カットが横行。事業者は人件費を切り詰めるが、自身は委託費から捻出した資金で高級外車に乗って不適切な支出を重ねる実態もある。

こうした中で各地の認可保育園の1人当たりの人件費額がわかることは、委託費の使い道の不正防止にもつながる。通知改定により、人件費が適切かと監視の目を光らせることもできるようになる。

保育士の処遇改善が一歩も二歩も前進し、保育の質の向上につながることが期待される。正しく税金が使われるようになれば、保育士にとっても、保護者にとっても、保育園を監督する自治体にとっても、通知改定は広く社会にとって意味あるものになるのではないか。

小林 美希 ジャーナリスト

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こばやし・みき / Miki Kobayashi

1975年、茨城県生まれ。株式新聞社、週刊『エコノミスト』編集部の記者を経て2007年からフリーランスへ。就職氷河期世代の雇用問題、女性の妊娠・出産・育児と就業継続の問題などがライフワーク。保育や医療現場の働き方にも詳しい。2013年に「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。『ルポ看護の質』(岩波新書、2016年)『ルポ保育格差』(岩波新書、2018年)、『ルポ中年フリーター』(NHK出版新書、2018年)、『年収443万円』(講談社)など著書多数。
 

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