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あのドラッカー絶賛「渋沢栄一」が凄い真の理由 ロスチャイルドやロックフェラーを凌ぐと評価

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  • 國貞 克則 ボナ・ヴィータ コーポレーション 代表取締役
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一方、ドラッカーはマネジメントを研究することを決意する。彼をマネジメントに向かわせたのは、前述したように、人類の多くが組織で働くようになったからだった。

ドラッカーのマネジメント研究は、アメリカの大手自動車メーカーGMの調査から始まった。それはくしくも渋沢と同じ、ドラッカー33歳のときだった。その調査を基に出版した『企業とは何か』は、GMの経営陣から否定され無視され続けた。

また、ドラッカーが当時教鞭をとっていたベニントン大学の学長からは「あなたは経済学者としても政治学者としても、立派にスタートしたと思いますよ。しかし、企業を政治的機関とか社会的機関として扱う本は、学者としての経歴上はマイナスになるかもしれませんよ」と言われたという。実際にこの本が出てから、当時の経済学者も政治学者もドラッカーを胡散臭いと見るようになった。

しかし、ドラッカーは自らの方向を変えることはなく、マネジメントの研究にさらに突き進んでいった。ドラッカーのマネジメントに対する強い想いはどこからきたのだろうか。

ビジネスに関心があったわけではない

ドラッカーは『マネジメント課題、責任、実践』(上田惇生訳、ダイヤモンド社)で次のように述べている。

「組織が成果をあげられないならば、個人もありえず、自己実現を可能とする社会もありえない。(中略)自立した組織に代わるものは、全体主義による独裁である。(中略)成果をあげる責任あるマネジメントこそ全体主義に代わるものであり、われわれを全体主義から守る唯一の手立てである」

さらに、前出の『断絶の時代』では次のようにも述べている。

「そもそも私が、1940年代の初めにマネジメントの研究に着手したのは、ビジネスに関心があったからではなかった。今日でもそれほどの関心はない。しかし私は主として第2次大戦の経験から、自由な社会の実現のためにはマネジメントが必要であると確信するようになった」

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