先進国「ワクチン独り占め」で実は損する構造 経済への影響はブーメランのように跳ね返る

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「明らかに、すべての経済圏はつながっている。他国の経済が回復しない限り、どの国の経済も完全には回復しない」と、イスタンブールにあるコチ大学の経済学教授で、アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)でエコノミストを務めた経験を持つセルヴァ・デミルアルプ氏は言う。同氏は今回の研究の共同執筆者の1人だ。

検査、治療、ワクチンなど、新型コロナ対応のリソースを途上国に提供することを目的とする国際的な慈善枠組みに「ACTアクセラレーター」がある。ところが、同枠組みが政府や民間企業に呼びかけている資金拠出目標380億ドルに対して、拠出誓約が得られているのは110億ドルにも満たない、とデミルアルプ氏は指摘する。

今回の研究では、この差額を埋めなければならない理由が経済の観点から示された。不足額の270億ドルは、それだけを見れば大変な金額と映るが、パンデミックが長引いた場合の損失に比べたら、実は微々たる金額に過ぎない。

「自分さえよければ」の浅はかさ

研究では、コチ大学、ハーバード大学、メリーランド大学所属の経済学者チームが65カ国35産業の貿易データを精査し、ワクチン配布の偏りがもたらす経済的な影響を多角的に検証した。

感染拡大を食い止めるためにロックダウンが必要となり、途上国の人々が働けない状態が続くと、これらの国々の購買能力が低下し、北アメリカ、ヨーロッパ、東アジアから製品を輸出している企業の売り上げが落ちる。また、途上国経済が回らない状態が続くと、先進国の多国籍企業が部材や物資を調達するのも難しくなる。

コロナ禍で世界経済の格差がさらに広がるとの見方が広がっているが、今回の研究で事の複雑さが明らかとなった。コロナ禍によって確かに世界の格差は広がるだろう。だが、ワクチンをめぐる冷酷な格差によって、世界にあまねく問題が跳ね返ってくる可能性がある。

いくつかの製薬会社が、想定された開発期間のわずか数分の1という時間で、感染症対策の決定打となるワクチン生産にこぎ着けた。これは、世界で最も有能な科学者たちの頭脳とスキルに支えられた快挙といえる。

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