目の前のレースに固執するのではなく、佐藤は冷静に自分の未来像を描いていた。大学4年時に土台を固めた佐藤は、社会人1年目の4月に1万mで日本歴代3位となる27分38秒25をマーク。「箱根」から「世界」へ、大きく前進することになる。佐藤とは反対に、大学時代に燃え尽きてしまう選手も少なくない。箱根駅伝というイベントが華やかになりすぎたこともあり、実業団に進んでも、大学時代のパフォーマンスを超えられないのだ。
「学生時代は箱根駅伝というとてつもないモチベーションがあって、ほとんどの選手がそこに向かっている。実業団でも、ニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)がありますが、箱根ほどのモチベーションにはなりません。かといって、『世界』を本当に意識している選手は少ないと思います。実業団で成長できない選手は、そういうモチベーションの中で、コーチから言われたメニューをこなしているだけにしか見えない。自分が具体的にどこまで行きたいのか。ダメな選手は明確な目標がないんじゃないでしょうか」
「ダメな選手」は会社でいえば「ダメな社員」と言い換えることができるだろう。惰性ではなく、いかに意欲的に取り組むことができるのか。佐藤は具体的なターゲットがあるからこそ、今やるべきことをつねに考え、トレーニングも「効率化」を図ってきた。
「僕は脚に異常があれば、すぐに走るのをやめるようにしています。痛みがある中で、かばいながら走ることは絶対にありません。長距離は継続してトレーニングをするのがいちばん効率的な強化策だからです。1回の練習を頑張ったからといって、急に力がつくことはないですし、反対に数日休んだからといって、すぐに走力が落ちるわけではありません。これまで数週間も練習を休むような状況がなかったからこそ、確実に成長できたと思います」
痛みを抱えた状態で走ることは、患部を悪化させるだけでなく、フォームを崩す原因にもなる。佐藤は「異常」を早期に発見することで、リスクを回避。数日間でコンディショニングを整えて、次の練習に向かうというスタイルを貫いてきた。また、脚の異常だけでなく、佐藤はカラダが動かないときにも、予定していたポイント練習を途中でやめてしまうこともあるという。
「痛みがなくても、カラダが重たすぎて、これ以上やっても実のない練習かなと思ったら、すぐにやめますよ。原因がわかっているので、疲労を回復させて、調子が戻った時点で新たな練習メニューを考えます。何がなんでもこのラインで行かなきゃいけないということはなくて、長い目で見てトレーニングをするようにしています」
アスリートの「練習」はビジネスでいえば「仕事」になるだろう。うまく集中できないのにズルズルとやるのではなくて、翌日の朝に回すなど、質のいい仕事ができる環境を作ることが“効率化”につながる。ただし、「効率」という名の「妥協」にならないように注意しなければいけない。佐藤も年に数回は、「何がなんでもやるメニュー」があり、その練習だけはどんなにカラダが動かなくても、最後までやり切るという。「頑張る時期」も時には必要だ。
調子が悪いと感じたことはない
日本の長距離ランナーとしては長身(178cm)で、脚の回転が速いのが佐藤のフィジカル的な特徴だ。同時に、佐藤のメンタル的な武器はクールに物事を考えられること。近年は調子が悪いと感じたことがないという。
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