山崎正和が創りあげた「知の交差点」の磁場 開高健、高坂正堯、梅棹忠夫、小松左京も結集

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選考委員は、母校の出身者だけで固めるようなことがあってはならない。私はすでにサントリーの社員でもなく、文化財団とも直接のつながりはなかったが、山崎正和と河合隼雄のお二人にも、本賞選考委員をお願いした。何と2人とも快諾だった。

河合隼雄は1年だけで文化庁長官に就任されたが、山崎正和は1~4回、つまり2001年度から2004年度まで、毎年早稲田キャンパスへ来られて選考委員を務めてくださった。坪内博士記念演劇博物館などよくご覧になっていたが、ジャーナリズムに格別の関心をもっておられたことがわかる。山崎正和と早稲田大学のこうした交流はあまり知られていないだろう。

しかし、これは決して意外なことではなかった。この追悼文集で、鹿島茂は山崎正和とジャーナリズムについて、実に興味深い論攷(ろんこう)を行っている。すなわち「山崎さんは既存のジャーナリズムの功罪を正しく認識したうえで、なおかつ、これをアカデミズムとは異なる文化・学術の潜在的な〈共同の場〉となりうるものと見なしていたようである」。

鹿島の前後の文章を読むと、「やはり選べるのはジャーナリズムしかないと山崎さんが結論したからではないか?」という1行があり、さらに「このことはサントリー学芸賞創設の趣旨説明にもはっきり読み取ることができる」としている。

まさに、山崎正和にこうしたジャーナリズムへの根本的な関心があったからこそ、早稲田大学からの依頼を引き受け、それも4年間も続けた。鹿島茂の見立ては正しいと思う。

“二物衝撃”か“陰陽和合”という効果

さて再び劇作家・山崎正和である。山崎と、昨年3月に没した別役実。本書で片山杜秀が鋭く指摘しているとおりだが、私には1枚の葉の表面(陽)と裏面(陰)のように感じられる。

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一見、意外な取り合わせだが、2人を中心に1972年結成以来、同志的関係にあって演劇集団「手の会」は7年余り続いた。互いに“二物衝撃”か“陰陽和合”という効果を享受したはずだ。近年、山崎は別役について過褒ともいえる一文を残している。「前衛劇の冒険を先導しつつ、なお抒情的というべき美しいせりふを固守した別役実 ……」(毎日新聞、2018・12・16)最晩年に別役実は嬉しかっただろう。

劇団「自由舞台」の別役の創作劇を、私は学生時代から大隈講堂などで見続け、大学新聞に劇評を書いていた。それだけに山崎の『世阿弥』の出現には真底驚いた。俳優座の千田是也の演出・主演にはいろいろの評が寄せられたが、この戯曲は本物だと思った。

むろん、堤春恵の本書追悼文の1行にあるように「どんな上演であっても、劇作家の想像力の中の舞台には及ばなかったのかもしれない」ということではあっただろう。劇作家である堤春恵が書いていることだから、すとんと納得した。

(敬称略)

小玉 武 編集者、文筆家

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こだま たけし / Takeshi Kodama

1938年、東京生まれ。1962年に早稲田大学を卒業後、サントリー株式会社入社。宣伝部で広告制作、『洋酒天国』編集を担当。のち広報部長、文化事業部長、TBSブリタニカ取締役出版局長(出向)を歴任。『サントリークォータリー』を創刊し、14年間編集長。2000年3月退職後、母校の参与と非常勤講師、小川未明文学賞委員会会長などを務めた。著書に『『洋酒天国』とその時代』(筑摩書房、第24回織田作之助賞)、『評伝 開高健』(ちくま文庫)など。

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