国家機密暴露した「スクープ」の意外な舞台裏 記者が「ペンタゴン・ペーパーズ」入手した経緯
「エルズバーグとは長い付き合いだったから、彼は私が『資料の扱いはネタ元が決める』という通常のルールに従って動いているものと考えていた」とシーハンは語った。「彼は、私がこう思い定めていたことには気づいていなかったんだ。『この男には無理だ。彼の手に委ねておくにはあまりにも重要な文書だし、危険すぎる』」。
エルズバーグがアパートを離れるのを確認すると、シーハンは自宅に電話して妻に言った。「こっちに来てくれ。君の助けが必要だ」。スーツケースをいくつか、それに大型の封筒と家にある現金をすべて持ってきてほしい。妻はボストンに飛び、偽名でホテルにチェックインした。モーターインに宿泊していたシーハンも偽名を使っていた。
数千ページの複写が可能なコピーショップの店名は、ニューヨーク・タイムズのボストン支局長から聞いた。この支局長には、極秘プロジェクトの経費として数百ドル用意してもらえないか、と頼んだ。プロジェクトの内容は明かさなかった。支局長は本社編集部に電話し、その夜に出勤していた編集者たちに連絡をとったが、その場にいた編集者たちはシーハンの要請をはねつけた。そこでシーハンは自宅にいた国内面担当の編集者に電話する。
シーハンによれば、この編集者は何も質問することなく、こう言ったという。「金を渡してやってくれ」。
アパートの合鍵を作る
シーハンはアパートの合鍵をつくった。エルズバーグから預かった鍵を紛失する可能性まで想定して、念には念を入れた。そして、7000ページにおよぶ膨大な文書のコピーを開始する。
まずは知り合いが働いていた不動産会社で、次は郊外のコピーショップで妻のスーザンの助けを借りて複写を続けた。彼はタクシーを使ってアパートとコピーショップを往復しながら、山と積み上がった紙の束を運んだ。コピーした文書は、まずボストンのバスターミナルのロッカーに入れ、その後、ローガン空港のロッカーに移動させた。
あまりの枚数の多さにコピーショップのコピー機は次々に故障していった。そのため、シーハン夫妻は海軍の退役軍人が経営するボストンのコピーショップに場所を移すことになる。だが店主はその資料が機密文書であることに気づいて、不安からピリピリし始めた。店でコピーをとっていたスーザンは、アパートにいる夫に電話をかけた。「こっちに来てちょうだい」。妻がそう言ったのを、シーハンは覚えている。
シーハンは急いでショップに戻り、店長にこう説明した。これはハーバード大学の教授から借りた資料で調査に必要なものだが、返却期限があるため、こうしてコピーしている。なに、機密指定は丸ごと解除されているから心配することはない。そう請け合うと、かつて海軍に所属していた店主は納得したようだった。