大学間格差が小さい「ドイツの大学」の深刻事情 日本やアメリカの大学にも大きな影響を与えた

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しかしながら、大学間格差があまりないという現状は、研究水準に少なからず影響を及ぼしている。そもそも戦前のドイツは世界に冠たる学問水準の高さを誇っていたが、その後ユダヤ人排斥の影響を受けて優秀な研究者がアメリカに移住してしまい、研究水準が低迷することとなった。アメリカに亡命した著名人の代表格が物理学者として名高いアインシュタインである。

こうした歴史的要因に加え、大学間格差が小さく、学生のレベルも各大学であまり差がないとなれば、どうしても優秀な研究者が輩出されにくくなる。

事実、ドイツ全体の学問水準は低迷し、大学の沈滞が戦後の長期間続いてきた。筆者の専門分野である経済学を例にしても、戦前のドイツからはエンゲルスやマルクス、オーストリアからはハイエク、シュンペーターなどの第一級の学者や研究者が輩出されているが、戦後はアメリカ、イギリス、フランス、スウェーデンにすっかりその地位を奪われ、目立つ経済学者は生まれなくなっている。

ドイツの大学と似た課題を抱える日本の大学

そうした背景から、ドイツの政策当局と教育界は、米英仏日のように大学間にあえて格差を設け、ある程度偏りを作って大学に投資するように動き始めた。

もともとドイツにはいくつかの大学に重点的に研究予算を配布する“Excellent Initiative”という制度があった。それを発展させ、2016年には、連邦・州政府の合同で“Universities of Excellence”計画が立ち上がり、数十の特定の研究プロジェクトに対し、研究水準を上げるべく多額の研究費を支給するようになった。こうした計画はまさにドイツの大学の将来に、格差を拡大する素地になると思われる。

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そしてドイツの大学がなぜこのように特定の大学、あるいは研究プロジェクトに研究資金を集中させなければならなくなったのか、あらためてその背景を考えれば、ある意味、日本と似た課題を抱えていたことがわかる。

たとえばTimes Higher Education(THE)が2020年9月に発表した世界大学ランキングを見れば、オックスフォード大学やスタンフォード大学など、上位はほぼ米英の大学で占められており、トップ15位以内にドイツの大学はなく、また日本の大学もそこに存在していない。

国内での平等性を追求するのか、それとも少数ではあっても世界レベルの大学や研究・教育を確立するために格差を容認するのか。両国ともその岐路に立っていると言えるだろう。

橘木 俊詔 京都女子大学客員教授、京都大学名誉教授

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たちばなき としあき / Toshiaki Tachibanaki

1943年生まれ。小樽商科大学卒業、大阪大学大学院修士課程修了、ジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。大阪大学、京都大学教授、同志社大学特別客員教授を経て、現在、京都女子大学客員教授、京都大学名誉教授。その間、仏、米、英、独の大学や研究所で研究と教育に携わり、経済企画庁、日本銀行、財務省、経済産業省などの研究所で客員研究員等を兼務。元・日本経済学会会長。専攻は労働経済学、公共経済学。
編著を含めて著書は日本語・英語で100冊以上。日本語・英語・仏語の論文多数。著書に、『格差社会』(岩波新書)、『女女格差』(東洋経済新報社)、『「幸せ」の経済学』(岩波書店)ほか。

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