気鋭の東大教授「50歳で女性装」を始めた胸の内 多くの困難に直面しても果敢に戦ってきた

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──LEONは大人が自分らしく楽しく生きていくことに価値があると考え、それを「カッコいい」と思っています。でも実際には、なかなか難しい。生き生きと暮らすどころか、逆に「生きづらい」と感じている人も多いようです。

「生き物というのは、生きることに喜びを求めるようにセットされているはず」(写真提供:安冨歩)

安冨:たぶんここ10年の間で、妙にみんなが「生きづらい」と言い出したように感じます。

でも、まず私は、「生きづらい」という言葉そのものが、何か矛盾していると思っています。

生き物というのは、生きることに喜びを求めるようにセットされているはずなんです。「生きる」と「つらい」が本気で結び付いていたら、あらゆる生き物は死んでしまいますから(笑)。

例えば猫は、1日寝ていてもつらそうじゃないですよね。人間だって何もしないでブラブラしていても、死なないならいいんですよ。その状態で本来はつらいはずがない。なのに、猫みたいに過ごしているだけでも、すごくつらくて死にそうになる人がたくさんいるということが問題なんです。

かつては忙しさにリアリティーがあった

──それはなぜなのでしょう?

安冨:これには"生きていることそのもの"を追求しなくてもよくなった、という背景があると思います。

現代は福祉制度やインフラが整備されていて、戦争直後の人から見たら、天国みたいな生活ですよね。病気や失業など、あらゆる理由でじっと家の中にいるような生活が続いたとしても、福祉制度をきちんと活用すれば、簡単には死なない。本気で路上にとどまることをしないとホームレスにもならないし、自殺しないと死なない、みたいな状況が前提にあります。

食べるため、生きるために必死だった戦中・戦後には「生きづらいわ〜」などと言っていられないじゃないですか。また高度成長期は忙しいけれど、働けば給料は増え、結婚して子どもが生まれて学校に行かせてとなれば、「生きづらい」などと余計なことに気を取られる必要はありませんでした。当時は忙しさにちゃんと実質的なリアリティーがあったんです。

でも1990年代のバブルの崩壊で急にみんな暇になってしまった。いや、なんだか忙しいんだけれど、その忙しさの質が変化してしまった。顧客の奪い合いや、報告書を書くだとか、生産性のない仕事ばかりで、気持ちが盛り上がらないんです。

そしてなぜかわざわざ忙しくする。そんな中でも「暇を味わう」ことが、なぜか許されないという社会構造があります。

──なるほど。忙しくないと不安になるということもあります。

安冨:バブルの崩壊以降、日本はほとんど経済成長していません。今の企業は財政赤字で支えられているという状態で、「本当の忙しさ」を味わっている人がほとんどいない。

その状態で失業したり、閑職に追いやられたりしたら、これは本当につらいと思うんです。そうなったら恐らく、会社にも家にも居場所がない。これを「生きづらい」というのでしたら、よくわかります。

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