気鋭の東大教授「50歳で女性装」を始めた胸の内 多くの困難に直面しても果敢に戦ってきた

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──自分が直面していた問題を研究テーマにしたところがすごいと思います。なぜ、そんなことができたのでしょう?

「馬と接することが多くなってから、いろんな変化が自分の「中」で起きるようになったんです」(写真提供:安冨歩)

安冨:それは自分の置かれた状態を理解するための勉強だったんですが、やっぱり理解するだけではダメで、最終的に問題から離脱を始められたのは、馬との出会いがきっかけでした。

馬に乗るようになって馬と接することが多くなってから、自然と怒りや恐怖といった感情が減り、いろんな変化が自分の「中」で起きるようになったんです。

──なぜ馬と付き合うことで人が変わっていくのでしょう?

安冨:まず、馬は個体識別が苦手とされています。犬や猫、牛も、慣れると向こうがこちらに合わせてくれる部分があるんですが、馬にはそれがありません。そしてとても怖がりで繊細。大きさも、人を上に乗せてくれるということも含めると、特別な生き物だと思います。

そんな馬とコミュニケーションを取るには、会社で人間が使ってるコミュニケーションメソッドは、まったく通用しません。だいたい身分の高い人ほど、馬は言うことを聞きませんから(笑)。すごく怯える動物なので、高圧的な態度や暴力性を感じると、怖がって動かなくなってしまうのです。概念的なことで言うと、人間同士の間でしか通用しない能力ではないものを身に付けるというか。それによって人は変わっていけるのです。

親の支配という暴力を「愛情」と誤解

──実際、どんな変化が?

安冨:私は子ども時代からずっと親に支配されてきましたが、それまでは親が自分に与えていたものが「愛情」だと思っていたけれど、それが誤解だとわかりました。親の「支配」という暴力を、「愛情」だと誤解するというセットが、自分の中に発生していたことがわかりました。

親も意図的にやっていたわけじゃないんです。彼女らは昭和一桁の時代に生まれて、少年時代を戦争中に過ごしているので、"靖国の母"精神みたいなものを心に埋め込まれているのですが、戦後にそれを私に適用したということ。かつ、それが私だけではなく、日本社会では普遍的なことだったのです。まぁ、うちの両親は強烈で、とくにおかしい人だったと思いますけれど(笑)。この気づきがなかったら、自分が抱えていた根源的な苦悩から解放されることはなかったと思います。

──なるほど。そこから人との接し方なども変わりましたか。

安冨:離婚をきっかけに親とも縁を切ったのですが、その苦悩から解放される過程で、私自身も、自分の子どもたちに対してちゃんと愛情を抱いていなかったことを理解しました。

それまでは自分なりの親としての義務感や責任感などが先にあって、それに反しないように子どもに接していたんですね。でも、そんなものは愛情でもなんでもありませんでした。私自身が親からもたらされていた暴力を、私も子どもに対して繰り返していたことに気づき、そこからようやく子どものことも愛するようになりました。

──すばらしい馬の効果ですね。

安冨:はい。だから私は企業でも馬を使った研修を導入するといいと思っているんです。全社員は無理だったら経営者だけでもいい。それでも随分とハラスメントとかは減ると思うんです。つまり、暴力を使わない、お願いをしない、金も使わない、決まりもつくらないで、人を動かす力が身に付く。それがマネジメント力だと思います。

コミュニケーション力と言ってもいい。馬と接することで、身体的なレベルでのコミュニケーション力を身に付けることができるのです。

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