トランクルームという言葉は三菱倉庫が創りだした造語だとはじめて知った。今ではいたるところで普通名詞として使われていて、コンテナやレンタル倉庫をイメージする人も多いだろう。しかし、三菱倉庫が始めたトランクルームの本来の目的は絵画や衣装など、環境管理が必要な高価な品物の倉庫だったという。歌舞伎役者も贔屓にするわけだ。
この建物は7階と6階の間に免震層を持っている。そこも見せてもらう。茶室のにじり口のような狭い出入り口から、“隠しフロア”とでも呼びたくなる層に潜入する。天井が低くて、暗い。忍びの者になった気分だ。
オイルダンパーに鋼材ダンパー、それに、鉛プラグ入り積層ゴムを活用した免震アイソレータといった頼りがいのある装備が並んでいる。その先に、何も置かれていないスペースがあった。とはいえ、ボクの立っているフロアと地続きではない。2階のベランダから庭のカーポートの屋根を見下ろしているような感じだ。ただし、ここは外ではなく新しい建物の内部である。
カーポートが、古い建物の屋根にあたる。「見てわかりますか。我々が今いる建物は、古い建物から浮いているんです」。
納得だ。ベランダがカーポートに重みを預けたら、カーポートは崩壊するだろう。だから浮かせているのである。
浸水に備えて7階と屋上に機械室
なお、このビルの特徴は、古い建物と共存を図っていることだけではない。地震や災害に強いことも注目に値する。この免震層のほか、電気や水にも対策を凝らし、いざというときもオフィス機能を失わないように設計されているのだ。
電気は異なる2つの発電所から受電しており、非常用発電機もガスと重油の2系統。上下水道がストップしても、トイレは通常通り使えるという。浸水に備え、通常は地下に置かれることが多い機械設備を、7階と屋上に分散して置いている。
東日本大震災を受けての設計ではない。もともと防災を強く意識していた。昭和5年に江戸橋倉庫ビルができる前、ここには明治9年に開設された煉瓦作りの倉庫があった。三角屋根のその姿は、三代目歌川広重の『古今東京名所』にも描かれている。それを建替えるきっかけとなったのは、大正12年の関東大震災だったという。広重の描いた倉庫は焼失した。
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