MIT理系エリートが育った家庭環境とは?

最良の教育は親が楽しむこと、「楽しそう」だから子は興味を持つ

黄色いシビックの「60マイル・クーラー」

数カ月後、母が僕を連れて渡米した。気温40度にもなる灼熱のアリゾナに到着し、迎えに来た父が乗っていた車を見て、母は絶句した。マッチ箱のように小さな黄色いホンダのシビックだったのだが、なんとエアコンがついていなかったのである。中古車で、買うときはケチな父もさすがにためらったのだが、「60マイル・クーラーがついているから大丈夫だ」と丸め込まれたらしい。

「60マイル・クーラー」とは、なんだか響きはカッコいいが、つまりは窓を全開にして時速60マイル(時速100キロ)で突っ走れば涼しくなるというだけの意味である。こんな文句で売るほうも売るほうだが、買うほうも買うほうだ。

この黄色いシビック、さすがは日本車で、オンボロだったが我慢強く、よく走った。

そしてこの車こそが両親のアメリカ時代の楽しい思い出のシンボルだった。

彼らは交代で運転し、安モーテルに泊まりながら、ヨセミテへ、モントレーへ、果ては1000マイル離れたイエローストーンまで、砂漠の中の道や、ロッキー山脈の中の道を走り、母の危なっかしい運転に父が顔面蒼白になりつつ、アメリカ中を旅した。

どう考えても息子の扱い方が雑だったとしか思えない

僕はといえば、運転席と助手席に並んでラブラブな両親の後ろで、チャイルドシートに縛りつけられ、長旅に同行した。この頃から機械いじりが好きだったようで、小さなラジカセをポイと持たせておけば、カセットテープを出し入れしたり、ボタンをあちこち押したりして、独りで飽きずに遊んでいたそうだ。

とはいえ赤ん坊だから暑ければ泣く。すると助手席の父か母が霧吹きでシュッシュと僕に水をかける。それですぐに泣きやんでニコニコご機嫌になった、と両親は主張しているが、きっとしゃべれたならば言いたいことが山ほどあっただろう。

母は英語教師だったとはいえ、やはり最初は会話に苦労したそうだ。彼女が英会話に開眼するきっかけになったのも、このオンボロ車だった。

買い物に行ったとき、トラックにぶつけられて車を壊された。頭にきた母はトラックの運転手に大声でまくし立てて言い負かし、相手に非を認めさせた。言い争っているときは夢中だったのだが、落ち着いた後にふと、「私、英語しゃべれるじゃない!」と気づいたそうだ。それを機に英会話に自信がついたとか。母の武勇伝である。

そうして、このオンボロ・シビックをさんざん乗り潰し、壊されても修理して使い続けた揚げ句、帰国前に父は買ったときよりも高い値段で誰かに売ってきた。それが父の武勇伝である。

そんな思い出話を両親から聞かされるうちに、どうやらブランドへのロイヤルティまで植え付けられたらしい。僕が初めて車を買ったのは、約1年前にロサンゼルスに引っ越したときなのだが、迷った末に結局選んだのは、走行距離26万キロの、ホンダのシビックの中古車だった(さすがにエアコンはついていたが)。

気の赴く方向へ進み続けただけなのに、気づいたら…?

もちろん両親は在米中に遊んでばかりいたわけではない。著書に書いたように僕はMITで大変な苦労をしたが、父も同様の苦労をしたようだ。

遠慮なく書かせてもらうと、父の英語はひどい。さびた機械みたいにガタガタの英語だ。

だが、発音の悪さなんて気にもせず、誰が相手でも堂々としゃべる。父からは「遠慮」というものが完全に欠落しているのである。

そのせいで彼と一緒に街を歩くと、いろいろと恥ずかしくてたまらないのだが、アメリカでやっていくにはこの性格は大いに役に立った。

父は留学直後、お目当ての大物教授の下で研究をさせてもらうために直談判に行ったのだが、ガタガタ英語のせいかまったく相手にされなかった。

ナニクソと思い、今度は研究のアイデアを文章と図面にして再度直談判に行ったら、教授はうなり、父を研究室に迎え入れた。そこで出した成果を基に論文を書き、帰国後に博士号を得たのである。

赤ちゃんの頃、僕はアメリカ人女性たちに滅法モテたらしいが、どうしたわけかMIT留学中には同じことは起きなかった。ちなみに、上の写真のように、僕はタイプライターが大好きだったらしい

日本では、就活などを理由に博士課程進学を躊躇する人が多いと聞く。僕にはそのような躊躇はまったくなかった。たぶんそれは、父だけでなく、父方の 祖父も、曽祖父も工学博士だったからだと思う。

僕は、工学博士になれと父や祖父に言われたことは一度もなかった。彼らにあこがれたわけでもなかった。

ただ気の赴く方向へ進み続けただけなのに、気づけばそれは父や祖父が歩んだのと同じ道だった。

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