「総駆り立て体制」が生き辛さの根源である理由 「ニヒリズム」に毒された現代文明を解剖する
「思想家」としての佐伯啓思氏
本書の帯には、「日本を代表する知性による集大成かつ新境地」という文言が記されているが、これは実に的確に本書の性格を表現している。それはどういうことかを、まずは簡単に解説しておきたい。
この記事を読んでおられる読者は、すでに著者・佐伯啓思氏のことは、ある程度ご存じかもしれない。が、そうでない読者もおられると思うので、まずは著者の紹介を――弟子というわけではないが、学生時代、著者に学んだこともある評者の立場から――しておこう。
著者は、しばしば「思想家」と肩書される。「○○学者」という専門的・科学的研究者ではなく、人間と社会(世界)のありよう全体を、まさに「総合的・俯瞰的」(言葉の正しい意味で!)に論じようとする人であるわけである。それは、「価値」を含んだ「ものの見方」を提示することであり、それこそがまさに「思想」というものにほかならない。
本書の第7章でも、自身の学問の歩みに関する「個人的回想」が記されているが、もともと著者は経済学を専攻していた。が、すぐにその関心は、むしろ「科学」を標榜する経済学という学問のいかがわしさを批判的に分析することのほうに傾いていった。
経済とは本来、人々の善き生に寄与するための一分野であるはずである。したがって、それは本来、政治とも不可分であるし、それぞれの国の歴史や文化、価値観や道徳観とも切り離して考えられるべきものではない。
そういう考えのもと、著者の思考は政治学や哲学、歴史学といった人文・社会諸科学へと幅広く裾野を広げ、それらを総合しつつ現代社会の諸問題を論じるものへと発展していったのである。
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