「総駆り立て体制」が生き辛さの根源である理由 「ニヒリズム」に毒された現代文明を解剖する

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また、著者には珍しいことだが、過去の思想家の文献から、かなり多くの引用がされている。この点については、あえて意図的にそうしたことであると、著者自身が断っている。

というのは、本書で論じられる現代文明の混迷や危機といった根源的な問題は、実のところ、すでに100年も前に、多くの思想家がいち早く察知し、異口同音に警鐘を鳴らしていた事柄であったからである。これらの思想家の言葉に、1人でも多くの人が直接触れてみてほしいという著者の願いが、ここには込められている。

具体的には、シュペングラーの『西洋の没落』、オルテガの『大衆の反逆』、ホイジンガの『あしたの蔭りの中で』などの文章が、とくに多く引用されている。これらは、私も学生時代に著者に触発されて読み、棍棒で頭を殴られるような衝撃を覚えた作品であるが、どれもなかなか晦渋(かいじゅう)な文章であり、さらっと軽く読み流せるものではない。

さらに、ハイデガーの存在論や技術論は、著者なりにかなりかみ砕いてくれてはいるものの、それでもやはりきわめて難解である。そして、西田哲学はそれ以上に難解であり、少なからぬ読者にとって、ほとんどわけがわからないかもしれない。

だが、それでもよいので、まずは読者には、少々我慢して、ともかくも本書を最後まで読み通してほしいと思う。そうすれば、たとえ論理の細部にはよくわからないところが少なからず残るとしても、本書を貫いている根本的なテーマだけは、確実につかみ取ることができるはずだからである。

それは、現代文明と現代人をむしばんでいる最も根本的な問題は、ニヒリズム、すなわち「価値の喪失」という問題にほかならない、ということである。

なぜ現代は「価値」を見失ったのか

「価値」とは、もちろん、何が善いことで何が悪いことなのか、何が美しいことで何が醜いことなのか、何が尊いことで何が卑しいことなのか、それらの基準であり序列である。それは、人間の生と死に意味を与え、行動に規範を与え、社会に秩序を与えるものである。ところが、それが現代では根本的に見失われてしまった。

その結果、あらゆることについて、それは何のためなのか、それは本当に大事なことなのか、といったことが誰にもわからず、誰も問うこともできないまま、ただただ「より大きく、より多く、より早く」という効率性や合理性、そしてそれらを測る数字そのものが、あたかも価値であるかのように祭り上げられてしまった。

そして、その本来価値にはなりえない疑似的な価値に向かって、誰もが、わけもわからないまま駆り立てられ続けている。

この状況を著者は、ハイデガーの言葉を借りて「総駆り立て体制」と呼ぶ。これが現代文明の実相であり、また現代人の何か言いようのない息苦しさの根源でもあると、著者は言うのである。言われてみれば、誰もが日々の生活を振り返って、なるほど確かにそのとおりだと、実感できるのではないだろうか。

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