弟を看取った姉が「死は怖くない」と感じた理由 「死=冷たくて怖いもの」が変わるまでの軌跡

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看取り士(中屋敷妙子さん)と、エンゼルチーム3人写真右下より時計回りで、辰巳親子さん、早借洋一さん、若菜美千代さん) (写真:中屋敷さん提供)

今回構成されたエンゼルチームは4人。くしくも全員が看取り士資格の保有者だった。その1人が高級老人ホームに勤務する、介護福祉士の若菜美千代(66歳)。若菜はこの2月に1度だけ孝典の病室で寄り添った。

「面識もない私が来たので、最初は孝典さんも警戒心を持たれているご様子でした。会話ができない状態だと事前にうかがっていましたから、私が一方的にお話しさせていただきました。自己紹介や季節の話題などですね」

孝典は「この人、誰?」といった当惑を見せたが、しだいに穏やかな表情になり、やがて若菜の話に聞き耳を立てるようになった。閉じていた目を少し開け、私の姿を確かめようとしているのがわかったと若菜は言う。

「1人じゃない」という安心感を手作りする

「孝典さんとの間のこわばった空気が、少しずつほぐれていきました。そこで初めて手に触れながら、話を続けました。3時間ずっと見つめられ、私のたわいのない話に耳を傾けながら、自分は1人じゃないんだという安心感を、多少おぼえていただけたように思います」(若菜)

当時の孝典は鼻から栄養剤を投与されていたが、摂取量はわずか。看護師も食事をとれない人のベッドにはあまり来ない。エンゼルチームは1人ひっそりと過ごす人にも、人肌の温もりと言葉を一定時間与える。

若菜は勤務先でも、終末期の入居者には勤務時間と関係なく寄り添ってきた。社会的地位の高い人でも食事がとれなくなったり、話せなくなったりすると、その人本来の穏やかな表情に戻られる様子を見てきたと話す。

彼女が看取り士の資格取得を決めたのは、看取りでの自分の引き出しを増やすためだ。看取り士養成講座では、人は自分でタイミングを決めて旅立つこと、だから死は悲しいことではなく、人生の卒業式めいた新たな旅立ちだと学べたと、色白な顔に柔和な笑い皺(じわ)を見せて話す。

「勤務先の若い人たちにも、『だからあまり悲しまなくていいのよ』と、自信をもって伝えられるようになりました」

2月末から3月3日までの4日間、エンゼルチームの4人が交代で病室に通った。孝典は来訪者に反応して目を開けて顔を動かしたり、笑顔を見せたりするようになった。結果、鼻から摂取する栄養量も増え、排泄状況も改善。危機を脱したので、阿部は看取り士との契約をいったん終了した。

「余命告知をされた当初、弟は意識もうつろで表情もなかったのに、皆さんに訪問していただく中で手足を動かし始めたりして、本当にビックリしました。一人暮らしが長かったから喜んでいたんだと思います」(阿部)

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