現代の不平等と政治が「階級」なしに語れない訳 私たちが英国「7つの階級」調査に着手した理由

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英国階級調査は、文字どおりひとつの実験だった。調査によって得られたデータそのものも、調査に対する人々の関心のあり方も、現代のイギリスに存在する新しい階級の分類について考察する絶好の機会を提供してくれた。

しかし、この調査結果の真の意味を読み解く過程では、データから距離を置いて、人々がアンケートそのものに進んで参加したか否かを解き明かす、階級をめぐるもっと大きな力学に目を向けなければならない。

本書は、こんにちの階級の重要な意義について、私たちの見解を示すものである。私たちは、これまでの論文を網羅した要約を作ろうとしているわけではなく、ここ数十年の研究の成果を抽出して、議論を刺激するような報告をしたいと思っている。学術研究の世界の人々にも、一般の人々にも、階級について活発に議論し、考察を深めてほしいからだ。

したがって、本書は英国階級調査の単なる報告書ではない。それよりはるかに広い視野に立った、階級に関する社会学的研究の成果である。

イギリス固有の問題ではない

私たちの研究は、私たちの専門であるイギリス社会を対象としている。イギリスが世界の典型だと主張する意図はないし、他の国々がイギリスと同じ道を歩むと予想しているわけでもない。そんなことはまったく意図していない。

イギリスは最富裕国のひとつであり、富裕層と貧困層の関係は、他の国々とは異なることも承知している。とはいえ、本書で議論する問題はイギリス固有の問題であるはずはなく、世界のほかの国々の社会とも関係のある問題だと考えている。

また、イギリスという事例には象徴的な意味があるはずだ。20世紀、イギリスの各階級の関係についての考察は、世界中で変化し続ける市民権、福祉、貧困、文化的スノビズム、政治的急進主義、改革などの問題に対して、極めて重要な議論を喚起してきた。

これらの問題のいずれも、イギリス特有の事象を考慮に入れることによって、諸外国の人々が、自国の階級関係の今後の展開を予想する参考となるはずだ。本書が諸外国の人々が階級の問題について考える契機となるならば、私たちの研究は意義あるものだと言えるだろう。

階級について議論するとき、冷静さを保つのは難しい。階級とは何か、階級をどのように見極め分析するか、階級は社会にとってどんな意味を持っているのか──、議論を始めれば必ず敵対的な意見のぶつかり合いになる。その議論で完全な中立を保つことはできない。

私たちはここ数年、階級は社会学的分析の基本問題であると主張してきたイギリスの社会学者グループの先頭に立っている。フランスの社会学者ピエール・ブルデューは「文化的な階級の分析」という研究プログラムにおいて、現代の社会階級が複雑であることを理解するための極めて洞察の鋭いアプローチを提唱した。

私たちは彼の考えを強く支持している。本書では、それ以外の考え方について直接的に議論することはしない。私たちの目的からはずれないようにするためである。

マイク・サヴィジ ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス社会学部教授

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Mike Savage

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス社会学部教授と同大学国際不平等研究センター共同所長を兼任。
専門は社会階級と不平等分析。 マンチェスター大学、ヨーク大学で教鞭を執った後、2014年より現職。
著書に、Identities and Social Change in Britain since 1940: The Politics of Method, Oxford University Press,2010; Class Analysis and Social Transformation, Open University Press,2000; Culture, Class, Distinction, Routledge,2009(共著)(『文化・階級・卓越化』 磯直樹ほか訳、青弓社、2017年)ほか。

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