東大、外資コンサルを経て、農家になった男 【キャリア相談 特別対談】 塩野誠氏×木村敏晴氏(上)

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会社を辞めてモラトリアム

塩野:いったんマイナス評価を受けたあと、どうやって挽回したのですか。

木村:とにかく、めちゃくちゃ働きました。塩野さんも含め、当時、ちらほら血尿を出したりしてたと思いますけど。一生懸命働いたら、自然と社会性も身に付いてきたという20代でした。

塩野:木村さんはそこからベインを卒業する決断をして、怒濤の人生が始まります。どういう決断だったのですか。

木村:ずっとコンサルタントを続けることは、たぶんないと思っていたので、30歳になる頃からヘッドハンターと会い始めました。でも、今振り返ると、受け身でしたね。「どんな仕事があるか」というメニューをもらって、その中から選ぼうとしていた。でもそれだと結局、ぜんぜん興味が湧かないので踏み切れない。このままでは惰性が続くと思ったので、まず「辞めます」と言って辞めました。

塩野:まず「辞めます」と。

木村:(笑)そうです。今から考えてもこの順番が大事でした。辞めてからは旅行したり、1週間断食して瞑想したり、バイクの免許を取ったり、2カ月ぐらいフラフラしていました。

塩野:大人のモラトリアムは大事ですよね。いったん整理しよう、みたいな。

木村:そうしたらやっぱり腹に落ちるものがありました。仕事選びには2つ重要なことがあると思うんですよ。自分の強みが活かせて役に立てそうなことはもちろんですが、もうひとつは日々のオペレーションを素直に心から楽しめること。

塩野:日常業務ですか。

木村:はい。そう考えると、僕は子どもの頃から植物を育てて食べるのが好きだったし、車も好き。あと不確定な未来を模索するのが好き。ということで、農業か電気自動車の領域に絞って就職活動することにしました。

塩野:テーマを最初に考えた。普通は意外とそういうことしないですよね。まず会社ありきで。

木村:それで中国の電気自動車メーカーにも押し掛けて応募しましたが、さくっと無視されて(笑)、電気自動車のほうはあまり縁がなかった。一方、農業は何をしたらいいかわからなかったので、農業を法人でやっている会社を訪ねてみようと思い、そこで(ワタミの)渡邉美樹さんと出会うことになりました。

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