一見おっかない「ドヤ街の管理人」の凄い人情味 日本3大ドヤ街「横浜・寿町」の人間模様

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岡本にも学歴がなかった。なぜなら朝鮮学校は各種学校扱いだから、高級部(高等学校に相当)を卒業しても高卒の資格がない。岡本は高級部を卒業しているが、日本の法律では無学歴なのである。当然のごとく就職の口は乏しく、親戚が経営している土木会社の世話になるしかなかった。

一般に在日韓国人は結束力が強いといわれるが、その根には学歴の問題があると岡本は言う。学歴がないから親戚や知人を頼って仕事を探さざるをえないケースが多く、結果、在日韓国人同士のつながりは、好むと好まざるとにかかわらず強固なものになるのだ。

親戚の土木会社には跡取り息子がいたから、岡本は35歳のとき、その会社を去ることを自ら決断した。

「甘えるのは嫌いだったし、世代交代の問題で揉めるのも嫌だったからね」

その後は、長距離トラックの運転手をやり、レンタルビデオ店の管理職をやり、ほとんど自宅に帰ることなく働き詰めに働いた。2人の子どもは朝鮮学校ではなく、都内の私立に通わせた。莫大な教育費をかけた甲斐あって、男の子は早稲田大学に、女の子は東京学芸大学に進学した。

「財産なんてないんだから、親として子どもにできるのは教育だけですよ。もう、教育費がかかってかかってね。子どもが小さいときは、ファミレスに行ったことさえなかった」

休みは年に5日、それでも

管理人室の棚には住人のあらゆる要望に対応できるように、殺虫剤、工具、電気部品、粘着テープなどなどさまざまなものが整然と収納されている。各部屋とはナースコールと同じシステムで結ばれており、相互通話が常時可能。館内には16台の防犯カメラが設置され、その映像を岡本が随時チェックしているから住人間の盗難トラブルもない。

自ら築き上げた要塞のような管理人室に鎮座する岡本は、さながら最前線の指揮官といった趣だ。鉄の扉の内側には愛くるしい孫の写真が貼ってある。

「喜び? 年に1回、孫と子どもと一緒に4泊5日の家族旅行をすることかな。私、年に5日しか休まないから」

一瞬、岡本の言っている意味がわからなかった。

「私ね、1年360日、この部屋にいるんですよ。だって、人間は機械じゃないから1年じゅう止まらないでしょう。元日だって、午前中家で過ごしたら午後はここに来ますよ」

『寿町のひとびと』(朝日新聞出版)
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土日もドヤの住人を連れて衣類や食料の買い出しに伊勢佐木町まで出向いたり、病院に付き添ったりで、本当に年5日しか休まないのだという。

「こないだ自宅をリフォームしたんだけど、まだ泊まったことがないんだよ。旅行って自宅に泊まらないじゃん」

こんな話をしている間にも、

「帳場さーん、いま何時?」

などと小窓に顔を出す人が引きも切らない。

「そこに時計あるのにね。正直言うと、この町は毎日毎日変化があるから楽しいんですよ」

日本人の〝最後の砦〞は、かかる人物に守護されているのである。

山田 清機 ノンフィクション作家

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やまだ せいき

1963年富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』『東京湾岸畸人伝』(いずれも朝日新聞出版)がある。

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