五輪125年の歴史、「デザイン」から見えた本質 資本主義、商業主義、都市文化の変遷を映す

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さらには、各大会の主だったデザイナーたちの生の声がリード文として掲載されていて、それによって各大会のデザインコンセプトがはっきり示され、細かいアイテムのひとつひとつのデザインを通じて、その大会がどういう大会であったかが理解できる。

たいていの全史や通史は、資料の少なさも手伝って、黎明期はそれほど密度の濃い記述が期待できないものだが、『オリンピックデザイン全史』は第1回のアテネ大会から詳細なデザインへの探究を怠っていない。

初期の大会で際立った視覚的な表象

初期の大会のデザインからは強く古代ギリシャのオリンピアードを意識した視覚的な表象が際立っている。アテネは古代ギリシャの聖域だ、とヨーロッパ人たちが強調するとき、近代ヨーロッパ人たちは定住する土地でそれを守ることの厳しさや深さの感覚とともに、古代ギリシャが時間と空間とを用意しておいてくれた歴史へのよろこびに満ち満ちていた。

その実、クーベルタンがオリンピックを構想していた頃のヨーロッパには、古代ギリシャを近代の文脈で再評価しようとする動きが盛り上がっていた。オリンピアの遺跡がドイツ人の手によって発掘され、画家たちによるギリシャ再考もひとつのトレンドとなっていた時期である。

ルネサンスに位置づけられた古代ギリシャの位置づけを、産業革命や市民革命を経た近代にもう一度埋め込むことで、ヨーロッパの優位性を確認しようとする時代であったとも言える。ギリシャという古典はヨーロッパの文化芸術にとって、崇高さを引き出す最高の演出である。本書で紹介されている黎明期の大会のデザインでも、ギリシャの神話をモチーフにした視覚的な表象がふんだんに盛り込まれている。

そんなギリシャ再考のプームもあってか、4年に1回の開催や聖火の採用など、クーベルタンは古代オリンピックを理想化して、オリンピックを復活させた。この古代ギリシャの理想化からは、古代ギリシャを近代ヨーロッパという自己に関連づけ、自らの身体に取り込むような、文化混淆を反映させた世界観のあり方が見て取れる。古代のギリシャ人たちをも自らの存在に抱え込んで、「世界」という大きな全体をつくりだそうという思想。それが「オリンピック」という名前で象徴される、クーベルタンが抱いていた壮大な理想なのである。

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