「西洋文化の没落」が招いた現代の歴史的危機 スペインの思想家が「100年前に警告」したこと

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だから、危機は意識されるものではなく、この現実そのものの別称なのである。本当に危機にある人は、危機を意識するよりも前に、すでに危機を生きている。だから人の生は現に危機にあるそのさなかには、それを危機であるというような意識は持たないし、持ちえない。

また後からも述べるが、「危機の時代」の中にいる個人は「危機」などまったく意識することもなく、その時代を何の信念もなく、ただ不安定に漂っているということもあろう。

その人にとっては危機など意識されていない。だがそのことこそがまた別様の形で、しかも深刻な「危機」なのかもしれない。いずれにせよ、「危機」とは、それを少し外部から眺めた認識にほかならない。だから、「歴史の危機」といっても、それは、いわば後づけの傍観者的な意識であったり、この事実を距離を持って眺めているものの冷めた意識であって、その中にいるものがどこまでそれを自覚しているのかはまた別の話である。

「思いつき」の波に「浮遊する生」

確かに、オルテガの場合、生そのものがたえざる危機の連続であった。オルテガにとっては、生の意味とは、危機といかに対峙し、それをいかに処理するかにあった。危機と呼ぼうと何と呼ぼうと、オルテガの生は、自身の存在を脅かし、自身の生の意味づけに対して次々と脅威を与える何ものかとの闘いであった。

だから、彼にとっては、生きることは、つねに何ものかとの闘いへ向けた企てであり、活動であった。

私とは、私の「生のプロジェクト」そのものである、と彼はいう。人間はただある場所に「存在」しているのではなく「生きて」あるのだ。モノはある場所に「存在」しているが、人間はそうではない。

「生」とはただ「存在」していることではない。私が、この環境の中で、この世界の内部で、環境に働きかけ、世界を解釈し、ある方向へ自らの生を組織しようと絶えず決断すること、それが現実に生きている、ということであり、それこそが根本的な事実なのである。

社会の大きな転換期には、確かにもはや安定した信念体系は崩れてゆき、次々に多様な試みが打ち出される。そして、それにもかかわらず、この新しい試みも、一時的な熱狂はともかくとして、確かな信念として定着することはない。オルテガが生きた20世紀の、とりわけ戦間期はそういう時代だった。

ようやく形を見せてきた、自由や平等やヒューマニズムの市民社会が動揺し、ファシズムや社会主義、極端な民族主義や先端的なモダニズムの運動、さらには、虚無主義やシニシズムが降って湧いたようにこの社会を闊歩し出す。しかし、そのどれもが実験的であって確かな価値を生み出さない。次々と新奇な「思いつき」は出現するものの、信念体系となるような「思い込み」は生まれない。

多くの者はこの「思いつき」を享受し、さまざまな実験に刺激を得ていた。だがそれを「歴史の危機」とオルテガは呼んだのだった。そのただ中にある者が、自らの同時代を「危機」だとする意識は持ちえない、と先ほど述べたが、それに反して、オルテガは彼の生きた時代を「危機の時代」だと明瞭に自覚していた。安心して寄りかかれる信念体系が崩壊したという自覚を持っていたのである。

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