「リンカン」以後、無名の大統領が続いた理由 トランプが目指すのは「黄金の1920年代」の幸福

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石川:先ほど挙げたリンカンの次のジョンソン、それから南北戦争の英雄のユリシーズ・グラントまでは一般の人でもなんとなく知っている大統領だと思いますが、その後は第19代大統領のラザフォード・ヘイズ、第20代大統領ジェイムズ・ガーフィールド、第21代大統領チェスター・アーサー、第22代大統領グロバー・クリーブランド、第23代大統領ベンジャミン・ハリソン、第24代大統領グロバー・クリーブランド(第22代と同じ人)、それから第25代大統領のウィリアム・マッキンリーと、おそらくアメリカ史に詳しい人でないと知らない大統領が続きます。

優秀な人材はビジネスの世界へ

佐々木:確かに、この時代の大統領はほとんど名前を聞かない人ばかりです。なぜでしょうか。

石川:この時代(1877年〜1901年)はアメリカではギルディッド・エイジ(Gilded Age、金メッキ時代の意)と呼ばれていて、日本では「金ぴか時代」と訳されている時期です。この時期、アメリカは産業資本が大変に発達した時代で、優秀な人たちは政治家にはならず、ビジネスの世界に進みました。

かつては政治というのは非常に高級なことで、ジェントルマン階級がやることだったわけですが、この時代に「偉大」だったのは鉄鋼王カーネギー、石油王ロックフェラー、またスタンフォード、ハリマンといった鉄道経営者たち、すなわちミリオネア(お金持ち)たちでした。彼らは総じて一代で財を成した人々であり、この時代にアメリカン・ドリームという神話が確立します。その一方、政治家は総じて小粒で、1期で終わるような非常に不安定な時期でした。

反エスタブリッシュメントというのは、第7代大統領のジャクソンから始まっていますが、この金ぴか時代に事実の問題として完成します。例えば第9代大統領ウィリアム・ハリソンは、大統領選挙の際に選挙参謀から、もうとにかく庶民に近い格好・風体をしなさい、と強く求められるのですね(ちなみにハリソンは、雨の中ずぶぬれで、ぬれネズミのようになって選挙をやって、当選したひと月後に肺炎で死んでしまう)。つまり、ジャクソン以来、アメリカの民衆にとって自分たちに近い存在が大統領になるという道ができました。

反エスタブリッシュメントの政治家たちの1つの特徴は、連邦の予算を辺境に引っ張ってくることでした。また、先住民から白人入植者を守ためのあらゆる支援を行うことでした。つまり反エスタブリッシュメントの大統領は民衆の味方ということです。

大統領選挙ではある時期から反エスタブリッシュメントの姿勢を取ることが必要になりました。そういう意味では、妙な言い方に感じるかもしれませんが、大統領はただの行政首長ではなく、やはり「キング」なのです。“貴族”や“エスタブリッシュメント”に対抗して、民衆の側で不公正を是正する存在としての大統領というイメージが必要なのです。

それが完成型となったのが、最も政治家が弱かったギルディッド・エイジです。この時代は、基本的には共和党支配の時代です。南北戦争の勝利後に南部の奴隷プランテーションがなくなり、民主党は事実上、もうほとんど力を持っていない状態になりました。

佐々木:「共和党」はどのような政策を行っていたのでしょうか。

石川:この共和党支配の特徴は、レッセ・フェール(自由放任主義)です。政府は何もしない。民間に任せる。そして、高い関税障壁を作って、外国製品をシャットアウトして、国内の非常に潤沢な土地と人口、それも若い人口でもって消費を行うという、そのような時代でした。

この時代が「金ぴか時代」と名付けられるのは、それまでの歴史家の多くが政治史をやっているインテリが多かったからです。金メッキ、つまり本物の黄金ではなく、薄皮が少しめくれたら安い地金が出てくるような時代、という見方をするのですが、現代の経済史や社会史の観点では、この時代に今のアメリカ資本主義の基盤ができあがったと言っていいと思います。

ただし、当時は労働組合もまともに機能していません。折しもヨーロッパで猛威を振るっていた社会主義思想に関して、アメリカではドイツ系移民によるよくわからないものといいますか(カール・マルクスはドイツ人で、イギリスで『資本論』を完成させた)、外国の陰謀思想に見えるんです。とくに富と福音主義が密接なつながりを持つアメリカ・キリスト教においては、そもそも不道徳な思想に思われました。

要するに、社会主義はこの時代のアメリカには根づきませんでした。後に、労働問題も起き、労働組合もできるのですが、経営陣に雇われているスト破りの民間武装組織(例えばピンカートン探偵社)がありまして、ストライキもよく破られています。

そして、レッセ・フェール政策のもとで自由競争をしているので、よりよいもの、合理的なものが残り、より非効率的なものが敗退する、と思われがちですが、私たちの時代を見ても明らかなように、民間企業に自由に競争をさせると何が起こるかというと、トラスト(企業合同)、つまり競争しなくなるのです。またカルテル(企業連合)で価格も高く固定される。そして、労働者の権利は守られる仕組みがない。今の言葉で言えばネオリベ(ネオリベラリズム、新自由主義)支配になるとどうなるか、ということが実はこの時代にすでに現れていました。

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