福岡出身の芸能人が多い起源は「山笠」にあった

タモリ、黒木瞳などそうそうたる顔ぶれ

芸能でいえば、古くは日本の古典芸能を代表する幸若舞(こうわかまい)が、唯一伝承されているのが福岡県である。幸若舞は、織田信長が好んだことでよく知られているが、室町時代に成立した曲舞(くせまい)の一種で、能や歌舞伎にも影響を与えたといわれている。

この幸若舞の一流である大頭流(だいがしらりゅう)が、九州に渡って柳川城主の蒲池鎮漣(かまちしげなみ)に伝授され、それが今日でもみやま市瀬高町大江に伝承され、国の重要無形民俗文化財に指定されている。

また、福岡県豊前市などで伝承されている豊前神楽も、古い形の芸能の姿をよく残している。神楽は神社の神事で奉納される芸能のことである。

豊前神楽では、花神楽や笹神楽など神にささげるための優雅な舞のほか、出雲神話にもとづく大蛇退治の舞のように演劇性の高いものや、盆神楽といわれる、お米を盛った盆を持ってこぼさずに舞うアクロバティックなものもある。

さらには湯立て神楽と呼ばれる、高さ10メートルにもおよぶ斎鉾(いみほこ)と呼ばれる柱に鬼が上る舞もあり、見ごたえのあるものとなっている。豊前神楽も国の重要無形民俗文化財に指定されている。

芸能や祭りが生活の身近に存在

現在では博多の観光の目玉のひとつとなっている博多どんたくも、その起源は松囃子(まつばやし)と呼ばれる芸能にさかのぼる。松囃子とは、年の始まりに福を祈っておこなう芸能のことで、室町時代にさかんとなった。

松囃子では、唱門師(しょうもんし)や散所(さんじょ)といった芸能専業者に加え、村民や町人などいろいろな身分の人々が着飾って仮装し、舞や囃子を披露しながら練り歩いたとされる。

この松囃子は明治5(1872)年に政府によって禁止されたが、明治12年に復活し、その頃から「どんたく」と呼ばれるようになったといわれている。どんたくとは、オランダ語で「日曜日」を意味する語がなまったものといわれている。

さらに祭りでいえば、博多祇園山笠も、派手なことが好きな博多っ子の気質を象徴するような祭りである。山笠は多くの幟(のぼり)を立てて人形を飾り、その派手さを競っているし、何といっても見どころは山笠が博多の街を全速力で走り抜ける「追い山」であろう。

かつては京都の祇園祭のように、山笠はゆっくりと優美に街を練り歩いていたのだが、江戸時代前期のころから、山笠をかついで駆け回り、スピードを競い合う現在の追い山のスタイルになったといわれている。

こうした芸能や祭りが地域の生活に身近に存在していることが、福岡県人の目立ちたがり屋でお祭り好きの気質をはぐくみ、それがエンターテインメントの業界に親しみやすいというわけだ。福岡県人にエンターテイナーが多いのは県民性だろうと私は思っている。

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