ポピュリズムが招くニヒリズムを不可避な理由 「日本的精神」の真髄が示す希望の兆しと可能性

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中村元は、日本的精神の特徴として次の3つをあげている。「現実主義」「人間関係重視」「非合理主義」である。

それとも重なるが、本書に即していえば次の3つがことのほか重要である。「反超越主義」「現実主義」「直観主義(情緒主義)」である。これに対比していえば西洋文化の主軸になるのは「超越主義」「普遍主義」「合理主義(ロゴス中心主義)」といってよいだろう。

この対比は、西洋対東洋だとか、西洋対日本といわずとも、われわれが世界を知り、世界へと対処する2つの方向である。西田自身が述べているように、この両者が必要なのである。2つの異なった態度をわれわれは知らなければならない。

だが、今日の西洋中心の世界は、あまりに「西洋の文化」に傾きすぎたことも事実である。だからこそ、日本文化には、それとは対照的な別の方向を持った思想が存在したことは、現代文明を論じるうえでの、われわれにとっての偉大な遺産ではなかろうか。

文明のニヒリズムを超えて

私は現代文明の本質をニヒリズムと見、20世紀のとくに前半期の思想が、この問題をめぐって試行錯誤を続け、西洋近代の帰結のまわりをまわっていたことを示したかった。

『近代の虚妄』では、20世紀の危機といった問題に真剣に取り組んだ何人かの思想を紹介しようとした。オルテガ、シュペングラー、ヴァレリー、ホイジンガ、そしてハイデガーなどである。西田についても同じことであった。それを私なりの角度から紹介し、論じてみた。

彼らは百年前に、いち早く近代社会の危うさを自覚し、この文明が何か重要なものを失い、その結果としてとてつもない破局に向かっているのではないか、という疑念を抱いていた。それは、直接に20世紀末から21世紀にかけての現代文明を問題としたわけではないが、直面している課題は基本的に同じだと思う。

ただ今日、西洋中心主義が世界化したというような段階を越してしまい、確かに、現代文明としかいいようのないグローバルな世界が広がっている。われわれはいっそうニヒリズムの様相を高めている。

むしろ、それに慣れ切ってしまったために、現代の課題そのものを提示するのに困難を感じている。「世の中に楽しいものがいくらでもあるのに、いったい何が問題なのさ」というわけである。

だが、そのような口吻自身がニヒリズムの表明であると感じる者にとっては、本書で取りあげた思想を無視して現代文明に対峙できるとは思えない。課題はわかるが、解決はない、といわれればまさしくそのとおりである。だが解決は見えないとしても、どこに課題があるかを知ることは決定的に重要であろう。

私は、日本思想が何らかの意味で、世界にあるいは、この文明に対して貢献できればと思う。ただそれは、今日当然のものとして持たれている精神的態度の極めて大きな転換を必要とするであろうことは間違いない。それはたいそう難しい課題だと思うが、しかし、私はそこに一縷の希望を見たいと考えるのである。

佐伯 啓思 京都大学こころの未来研究センター特任教授、京都大学名誉教授

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さえき けいし / Keishi Saeki

思想家。1949年奈良県生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士課程単位取得。広島修道大学専任講師、滋賀大学教授、京都大学大学院教授などを歴任。著書に『隠された思考』(筑摩書房、サントリー学芸賞受賞)、『「アメリカニズム」の終焉』(TBSブリタニカ、NIRA政策研究・東畑記念賞受賞)、『現代日本のリベラリズム』(講談社、読売論壇賞受賞)、『近代の虚妄』(東洋経済新報社)など。現代文明や日本思想についての言論誌「ひらく」(A&F BOOKS)の監修も務めている。

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