「職人を使いこなす」リーダーになるには 『くじけないで』深川栄洋監督に学ぶ処世術

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僕はリーダーに「してもらっている」だけです

――具体的にどんなシーンがありました?

今回はトヨさんの若い時代も描く必要があったのですが、そういうシーンは、ものすごくおカネがかかってしまう。だから僕らは職人さんの力を借りてその時代を作る。今回は、トヨさんの若いときを演じた檀れいさんと、橋本じゅんさんが、戦時中の長い道を歩く道があるんですが、そこは夜のシーンでやりたかった。そこでどうやったら、その状況を作れるかと考えていたときに、昔からある工場を制作部さんが探して来てくれた。ただ、みそ工場かなんかで、当時の工場ではないのです。みんなは「ああ、こういう所もあるよね」と言いながら見てたのですが、僕はどこかで決めなきゃいけないと思っていたので、「ここでやりましょう」と。各部の力を結集させて、戦時中の画面を作ればいいわけですから。

当時の宇都宮には、中島飛行場とかいろんな飛行場があったので、そのみそ工場を飛行場に見立てようと。とはいえ、飛行機を置けるほどのおカネはない。そこで、録音部とカメラマン、照明技師に「ここは皆さんの力で」とお願いする。録音部は、機械が回っている音を作る。照明部は、あえて照明を当てずに暗闇を作るような画面作りを心掛けていただきました。光を当てすぎるとみそ工場に見えてしまいますからね。

長い道のシーンは、芝居するには短い距離でした。ですから役者にもスタスタ歩いてもらっちゃ困る(笑)。だから「お父さんを担ぎながら、お話してください」とお願いしてみたり。そうしたら歩幅も弱まりますからね。時々、立ち止まって「よっこらしょ」とやったりして。そういうふうに「皆さんの力を借りて、ここを整理させてください」と言うと、みんながアイデアを出してくれるのです。

それから制作部さんの影の努力にも助けられました。「どこどこに、潰れた鉱山があるよ」と言うと、行ってきて調べてくれました。養老院の前で車を走らせているシーンと、駅に迎えに行くシーンは、同じ場所の鉱山で使い分けたのです。でもそれを同じ場所に見せないようにしました。それぞれ時代もちょっとずつ違っていて、それをどう見せたら昭和29年になるのか。どう見せたら昭和35年になるのかを、制作部さんがアイデアを出してくれた。

時には「ここだったら、こう歩いて。こういうふうにやったらいいと思う」と、制作部の方が芝居をしながら説明してくれたりもするのです。もちろん全然、芝居はうまくないんですけど(笑)。でも、それを粋に感じて「おお、わかった」と。「こっちは向けられないから、こっちだけでいいよ」とか、「バスの走りは、こっち側だけ写すようにしよう」とか、いろいろとアイデアを出し合ったりして。『くじけないで』のチームは、とてもそういう手だれというか、ベテランが多かった。そういう人たちに教わりながら、助けられながら、やっていきました。

――そういう話を聞くと、深川監督はまさにリーダーになるべくしてなった感じがしてきます。

いや、リーダーにさせてもらっているだけですよ。僕の場合は。

2013「くじけないで」製作委員会

――今の話を、若いビジネスパーソンにもうまい具合に参考にできないかなと思います。もちろん誰もが職人に囲まれて育っているわけではないでしょうが。

たとえば自分に引き寄せてものを考えるということでしょうか。誰かを説得しなければいけないときに、そっちの人の領域に行って話をしようとするとボロが出る。そういうときは自分の領域に引き寄せて説明すると、説得力が増すのです。「自分の母親はこうなんですけど」というような言い方をすると、みんな「ああ、わかった」と言ってくれることが多い。『60歳のラブレター』がそうでしたが、60歳の人の暮らしを僕がわかったように言うと、「お前に何がわかるんだ!」と怒られるんですよね。

逆に自分の母親が、自分の父親が、こんなことを言っていたのですと言うと、わかってもらえることも多い。もちろん人によっては、あえてだまされてくれたりもしてくれます。今のところ、それで解決できなかった問題はなかったですね。

もちろん、けんかになることもあります。それでも、いい映画を作ることが僕の仕事ですから。ある女優さんから「私、あなたにだまされてる」と言われたことがありました。「いいんです。だまされたと思ってやってください」と返すと、「いつもだったら私、帰っているわよ」と。「じゃあ、どうぞ帰ってください。私はここで待っていますから。ずっと待っています」と言うと、「帰らないわよ!」って(笑)。

――それはすごい話ですね。

今、思うと、僕はずっと彼女にプレッシャーをかけ続けていたのです。そのときは自分でも夢中でわからなかったのですが、すごくいい芝居が撮れているなと思ったら、その関係性をキープしようと思って、そういうことをやり続けるんですよ。この感覚はすごく大事だなって。そういうきわどい状態も、もう二度と同じ橋は渡りたくないなと思うような状態も、じっと我慢する。そういう状況を見続けながらやっていくっていうのは、今の仕事で学んだことかもしれないですね。

(撮影:田所 千代美)

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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