親に「暴言を吐くわが子」への見方を変えた一言

「困った子」ではなく「困っている子」

野田さんのノート「言葉の宝物」の1ページより(写真:不登校新聞)
「ドアの向こうで息子が死んでいたらどうしよう」と不安に思う日もあったという野田麻里さん。野田さんの息子さんは、中1から不登校になったが、現在は専門学校生。野田さんには、不登校で苦しんだ時期に見つけた3つのルールがあるそうです。

不登校の息子に対して私が実践した3つのルール

──息子さんが不登校になったときのことを教えてください。

息子が学校へ行かなくなったのは、中学1年の10月からです。原因は同級生からのイヤがらせでした。

当記事は不登校新聞の提供記事です

ある男の子からイスを蹴られるなどのいやがらせを入学式の日から受けていたようです。それが苦痛で息子は学校へ行くのがつらくなったのです。

イヤがらせは受けていましたが、病気でもないのに学校を休むのは悪いことだと息子は感じていたようで、「休みたい」とは言いませんでした。

その代わりに「今日はお腹がいたい」とか「なんだか体がだるい」と言って、私のようすをうかがってくるんです。

「じゃあ休む?」と私が聞くのを待っているんですね。「休む?」と私が聞くと、申しわけなさと安心とが入り混じったような表情で「うん」と息子は答えていました。

しばらくの間は、毎朝こうしたせめぎあいが続き、休む回数が増えていきました。そして中学1年生の10月、合唱祭を終えたところで限界に達したようです。以降は卒業式の日まで1日も学校へ行くことはありませんでした。

当時、私は息子の不登校を受けいれることはできませんでした。「少しくらいイヤなことがあっても社会に出たらもっとイヤなことがある」「学校ってイヤなことを克服する場所なのに」。そんなふうに思っていました。

なんとか学校へ行かせようと無理やり制服に着替えさせようとして取っ組み合いになったことも多々ありました。

そんなふうにしてまで学校へ行ってほしかった理由は、結局のところ私が世間体を気にしていたからだと、今は思います。

私はPTA役員もしていましたので、同級生の親御さんやご近所さんに対して「うちの子は不登校じゃないですよ」という顔をしたかったんです。

私が考えていたのは「今から学校へ行けば3時間目には間に合う」とか、「明日から学校へ通い始めれば、不登校としてカウントされないな」とか、息子の気持ちをまったく無視したことばかりでした。

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