堺雅人「半沢直樹で見せる演技の違和感」の正体 「多彩な感情表現」できるからこそもったいない

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純粋でまっすぐな弁護士の黛真知子(新垣結衣)とも、絶妙なコンビだった。ガッキーも堺同様、人気俳優かつ寡作の人になったので、続編は難しいだろう。

「正しさに苦しむ人」も求む

真逆の傑作もぜひ観てほしい。映画『その夜の侍』だ。堺雅人のもうひとつの本領発揮作。リーガルハイが「陽」ならば、これは「陰」だ。

妻(坂井真紀)をひき逃げされて殺された男の役だが、悲しみと喪失感からいつまでたっても抜け出せない。妻のブラジャーを持ち歩き、妻が最期にかけて来た留守電を何度も何度も繰り返し聴いている。悲しみと憎しみに苛まれ、うつ状態だ。一方、ひき殺しておきながら軽微な罪で出所、罪悪感ゼロで悪行三昧の山田孝之に復讐を目論む物語。

単なる復讐劇に終わらないところが、この映画のすごいところでもある。山田を徹底的に人間のクズとして描くため、観る者はうっかり「処罰感情」に駆られてしまう。堺の背中を押したくなるのだが、その熱を安易には受け止めない。人としての正しさに苦しみ抜いたあげくの堺がどう答えを出すのか。怒りにまかせて暴力的になるのは簡単だが、もう一段深い部分の怒りを堺は見事に表現した。静謐な怒りと耐えがたい苦しみに、ぐっと見入った。

私はこの映画が気に入りすぎていて、ことあるごとに引きずり出してしまう。たぶん東洋経済オンラインでも2回は触れている。それだけ俳優陣の魅力を余すところなく見せつけたし、問いかけてくる命題も含めて名作なので、もっと語り継がれるべきだと思っている。

勧善懲悪とキャッチーな決めゼリフ、年寄りでも子供でもわかりやすい単純な物語が大好きなこの国では、本当の意味での良質な作品はそんなに生まれない気がしている。定番は正義の味方だから、微細な感情表現ができない輩でも主役がつとまってしまうのが現状。名優はたくさんいるので、実力を発揮できる土壌がもっとほしいところだ。

それはテレビではないとうすうす諦めながらも、テレビ局の中にいるであろう「半沢的な作品に違和感を覚えている人」に望みを託したい。

吉田 潮 コラムニスト・イラストレーター

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よしだ うしお / Ushio Yoshida

1972年生まれ。おひつじ座のB型。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より東京新聞の放送芸能欄のコラム「風向計」の連載開始。テレビ「週刊フジテレビ批評」「Live News it!」(ともにフジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。

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