すでに中国は最近のアメリカの動きを特定の人種を排除しようとするレッド・スケアの再来と非難しているが、これにはアメリカの国内情勢を見据えた一定の公算がある。近年のアメリカでは人種や性別、性的指向など特定のアイデンティティーに基づく集団の権利をめぐる問題が政治議題として重視され、保守とリベラルの分裂が深刻化している。トランプ氏が新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼んで批判されたのも、そうした描写がアジア系市民への差別行為を助長するからだった。中国はこうした情勢を巧みに捉え、中国人入国規制を人種差別問題として語る。
5月に発表したアメリカ政府の対中戦略文書が工夫を凝らしながら本件に警鐘を鳴らすのはこのためだ。この文書は、中国人留学生は「自由の国アメリカ」にいながら自国の政府に監視され政治利用される被害者だと示唆し、アメリカの大学は彼らの権利を守る必要があると訴える。「習近平体制 vs. アメリカで学ぶ優秀な中国人留学生」という構図を作り、アメリカは後者の味方と伝えることで、この対中指針がトランプ政権の単なる排他的アメリカ・ファーストの一環ではないと示す。
移民たちによる「大いなる実験」を建国精神とし、外国人に門戸を開くことで成長を続けてきたアメリカだからこそ、ヒトをめぐる対中デカップリングでは神経をとがらせている。19世紀後半から20世紀前半にかけてアメリカ国内で中国系移民に続いて日系移民が排斥され、当時の日米関係に影を落とした歴史からも、この問題がはらむデリケートさが読み取れるだろう。
留学生大国を目指す日本に警戒が必要なこと
中国人留学生問題は日本にとって決して対岸の火事ではない。現在日本には約8万6000人の中国人留学生がおり、留学生全体の約41%を占める。アメリカで中国人留学生が占める比率34%より大きい数字だ。都内の大学におかれる中国人の学生団体も2018年の72団体から2020年の94団体に増加している。
米中間の「ヒト」デカップリングの動きを受け、日本はとくに2点で警戒を強めなければならない。
まず、中国軍関係者や理系の学生など、新たな規制によってアメリカに留学できなくなった中国人の学生が代替先として日本にやってきていること、今後もその数が増えることを見越し、機微情報流出への防衛策を強化する必要がある。日本ではすでに「外国為替及び外国貿易法」に基づき、理工系の大学や学部に対して外国人留学生受け入れの適切な基準を示すなど、機微技術管理の対策を講じているが、その対策はいまだ十分に浸透していない。
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