大衆に消費される「戦争の歴史」が生む問題点 被害者視線ばかりを強調するメディアの危うさ

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呉座:私は、辻田さんと同意見で、学界は民間の研究者や論壇の人などと連携していく必要があると考えています。そうしないと、アカデミズムの閉鎖性や権威主義などへの批判に対して、反論のしようもありません。

歴史をテーマに数多くの著書を書かれている出口治明さんのお仕事は、確かに専門家や歴史オタクのような人から見れば、多少おかしなところもありますが、歴史学の最新成果に学ぶという姿勢を示しています。

歴史学者がやるべきことをやらないから、出口さんが代わりにやってくれているわけで、それを学知の側が重箱の隅をつついて潰しても、最初から聞く耳を持たないトンデモ論者が余計跋扈するだけです。ミスがあるなら教えてあげて、一緒に「良質な物語」を作っていけばいいのです。

学者は積極的に社会に関わるべき

倉橋:先に述べたように僕自身は、大衆文化や言論の中で生産されていく「知」には関心があります。その中で僕が重視していることの1つは、学知の社会と一般社会の乖離をチェックすることです。

倉橋耕平(くらはし こうへい)/立命館大学ほか非常勤講師。専門は社会学。主な著書に『歴史修正主義とサブカルチャー -90年代保守言説のメディア文化』(青弓社)、共著に『ネット右翼とは何か』がある(撮影:共同通信社)

例えば、学知の世界で厳密に定義されている用語が、一般社会では違った意味で使われていることはよくありますが、学知の側の人間はそれに無頓着で、伝わらないばかりか、誤解されてしまう言葉を使って話したり書いたりしています。

第1回で議論したイデオロギーに関しても、左や右といった言葉に込められた意味は、学知と一般社会ではもはやかなり乖離しています。ですから、それらをチェックするためには、アカデミズムと一般社会の間の中間的な場所に立つことが非常に大切だと認識しています。

メディアに現れてくる知のあり方みたいなことに興味を持つと、そこに学知と一般の持っている考えのズレみたいなものが見えてきます。それは、是非の問題ではなく、「ズレ」があることは、社会が動いたことの証明だと思っています。

辻田さんの問いかけに戻ると、だから、学知と社会の中間のところで積極的に関わっていくことは非常に大切だと考えています。

前川:さて、話は尽きませんが、そろそろ時間もなくなってきました。ここまで、歴史学や歴史教育の問題を中心に話してきましたが、先ほどの倉橋さんのご発言を始め、みなさんがご指摘のように、歴史修正主義の「主戦場」となった社会のほうの問題は極めて重要で、もっといろいろと考えなくてはいけないことがたくさんあるような気がしています。

また、本日は突っ込んで論じはしませんでしたが、心理的な側面も重要な論点です。ご存じのとおり、ホロコースト否認裁判の実話に基づく映画『否定と肯定』(2016年)の原題は“Denial”ですが、これは、受け入れがたい現実に直面したとき、事実とわかっていながら認められない心理を意味します。

いずれにしても、このように専門も立場も違う者たちが一堂に会して、「座談会文化」というのでしょうか、ともかく向き合って話し合ってみるというのは、これは大事だなと改めて思いました。

今日の座談会自体も、実はリモート座談会という、私自身も初めての経験であったわけですが、この新しい社会状況、もしかしたら、「歴史コミュニケーション」の未来を考える絶好のチャンスなのかもしれません。今日は長時間、本当にありがとうございました。

(収録日:2020年5月25日)

前川 一郎 立命館大学グローバル教養学部教授

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まえかわ いちろう / Ichiro Maekawa

専門はイギリス帝国史・植民地主義史。主な著書や論文に『イギリス帝国と南アフリカ――南アフリカ連邦の形成』(ミネルヴァ書房、2006年)、『「植民地責任」論――脱植民地化の比較史』(共著、青木書店、2009年)、「アフリカからの撤退――イギリス開発援助政策の顚末」『国際政治』(第173号、2013年)、”Neo-Colonialism Reconsidered: A Case Study of East Africa in the 1960s and 1970s,” The Journal of Imperial and Commonwealth History, 43 (2), 2015ほか、訳書にジェイミー・バイロンほか著『イギリスの歴史【帝国の衝撃】――イギリス中学校歴史教科書』(明石書店、2012年)などがある。

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