大衆に消費される「戦争の歴史」が生む問題点 被害者視線ばかりを強調するメディアの危うさ

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辻田:私の場合、実践で示していくしかないのかなと思います。ですので、自分の話になってしまうのですが、以前、アガリスクエンターテイメントという劇団が、「発表せよ! 大本営!」を上演しました。

コメディータッチながら、メディアが権力によって統制される恐ろしさをたくみに描いた演劇でしたが、制作にあたっては拙著の『大本営発表』を参照されたそうです。こういう試みがテレビや映画にも広がっていく。それが1つの理想です。

あるいは、先ほど、朝ドラの話をしましたが、現在、放送されている『エール』の主人公のモデルは、「六甲おろし」や「長崎の鐘」などで知られる作曲家の古関裕而です。

彼は、戦時中に多くの軍歌を手掛けていますから、単なる被害者史観では描けないはずです。今後、どういう展開になるのかわかりませんが、音楽史研究もやっている私としては、その関係の資料を発掘して発表することで、側面支援することもできるかもしれません。

それは、加害者史観で放送せよということではありません。従前の単純な「被害/加害」の二項対立ではなく、古関が生活のために軍歌を作った姿は、出版不況で愛国ビジネスに加担していく現代の出版界の姿とも重なり、リアリティーもあるのではないかという第三の道を提案するということです。

もちろん、力不足は重々承知していますが、私だけではなく、いろいろな人がこういう試みをやればよいと思います。そうするなかで、倉橋さんがあげられたような、「人権意識が非常に高いのに良質なエンターテインメント」も徐々に出てくるのではないでしょうか。

作家や評論家が描く通史の評価

呉座:辻田さんがおっしゃっている「物語」は、小説やドラマや映画といった狭義の物語だけではなく、作家や評論家が執筆した通史や史論も含みます。そうした「物語」にはさまざまな不備がありますが、歴史学はそれを許容するのか否かが問われていると思います。私は、歴史学の成果を踏まえたものであれば、ある程度は許容すべきで、そうしないと社会に刺さらないと考えています。やはり作家と学者では発信力が違いますから。

呉座勇一(ござ ゆういち)/国際日本文化研究センター助教。専門は日本中世史。主な著書に、40万部超のベストセラーとなった『応仁の乱』(中公新書、2016年)ほか、『一揆の原理』『陰謀の日本中世史』などがある(撮影:今井康一)

もちろん、この戦略には危うさも伴います。歴史学者の学術的な問題意識と、作家や評論家、さらには一般の歴史ファンの興味関心は往々にしてズレるからです。政治家やビジネスマン向けに話す機会が増えてわかったのですが、彼らの多くは歴史を学ぶことで人生の指針を得ようとしています。

この傾向は山岡荘八の歴史小説『徳川家康』が経営者のバイブルになってから顕著になったと思いますが、その淵源は江戸時代までさかのぼります。勇将・智将の逸話集や言行録が多数編まれて、人生訓が語られました。この種の逸話・名言は実のところ真偽不明なものが多いのですが、極端に言えばうそでもいいのです。

実際、明治時代になって実証史学がドイツから導入されて、美談・名言の史実性を疑問視する研究が登場すると、「そんなことを指摘して何になるのだ」という反発が出ました。たとえ作り話だったとしても、道徳教育に役立つとか、国民に勇気と誇りを与えることができるとか、そういう“実用的な”効果があるなら目くじらを立てる必要ないじゃないか、というわけです。

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