憧れの田舎暮らしで起きた「想定外」の非常事態 自宅農園で自給自足生活と張り切っていたら

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シカやイノシシ、そのほかの小動物に対しては、金属製の高さ2メートルのフェンスを設置し、さらにその上部に電気柵を設置することでほぼ完璧に防ぐことが可能だ。ただ、これを設置するためには、家庭菜園規模の約200坪の畑を囲むだけでも20万円程度の費用がかかる。就農して本格的な農業を営む場合、獣害対策は公的な補助金を受けたとしても、大きな支出を伴うことになる。

厳重に囲われた畑=岐阜県大垣市(写真:筆者撮影)

獣害は、里山や農山村の問題であるとともに、野生動物の棲み家となってきた山や森林の問題でもある。岐阜県の猟師、小林和夫さんは「シカなどの野生動物にとって、スギやヒノキの植林が進んだ山には食べ物がほとんど存在しない」という。

かつては里山の奥に「奥山」と呼ばれる自然豊かな森林地帯があったが、今はどこまで行っても植林された森が広がる。「農作物の味を知ったシカはぜいたくになり、ハンター以外はおそれていない」という。以前は冬が厳しく、厳冬期に動物が弱って餓死することもあったが、今は温暖化の影響のためか、冬でも動物の数が減ることはない。

獣害を減らした集落もあるが…

一方、農家が狩猟免許を取得するなど積極的にシカを捕獲している集落では、獣害が減ったとの声も聞いた。筆者が住む場所から30分ほど自動車で走った三重県津市美杉町の山間部。ある農家は「15年ぐらい前に集落に移ってきたときには、糞だらけだったが、今では探すのが難しい。シカの数が減り、目に見えて効果が出ている」という。

「移住してきた当初、獣害のひどさは、ここまでとは思わなかった。何度も育てた作物を食べられ、悲しい思いをした。山間部での農業は、中(農作物)よりも外(柵)」と話す。狩猟免許を取り、年に数十頭のシカを捕獲する。ただ、捕獲しても近所に配ったりしてほとんど収入にはならないという。

前出の猟師の小林さんも、「家族の中で1人でもジビエがダメな人がいれば、その家族には食べてもらえない。集落では山のものはただでもらうものとされており、地元で肉を買う人はいない」と、ジビエを売って生計を立てることの難しさを訴える。

農林水産省によると、野生鳥獣による農作物被害は、2018年度は約158億円に上っており、全国各地に広がる。池井さんは「新規就農は、中山間地域では獣害もあって無理。米作はまだ可能だが、それも条件のいい土地次第だ」と話す。

筆者の菜園は結局、美観を損ねる柵で覆われた。それでもサルが入り、被害が続いている。田舎での移住生活も、菜園を趣味にするなら場所選びや対策を考えておいたほうがよさそうだ。

池滝 和秀 ジャーナリスト、中東料理研究家

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いけたき かずひで / Kazuhide Iketaki

時事通信社入社。外信部、エルサレム特派員として第2次インティファーダ(パレスチナ民衆蜂起)やイラク戦争を取材、カイロ特派員として民衆蜂起「アラブの春」で混乱する中東各国を回ったほか、シリア内戦の現場にも入った。外信部デスクを経て退社後、エジプトにアラビア語留学。ロンドン大学東洋アフリカ研究学院修士課程(中東政治専攻)修了。中東や欧州、アフリカなどに出張、旅行した際に各地で食べ歩く。現在は外国通信社日本語サイトの編集に従事している。

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