憧れの田舎暮らしで起きた「想定外」の非常事態

自宅農園で自給自足生活と張り切っていたら

田舎に移住する多くの人は仕事を変えたり、会社を辞めたりするので、収入が激減することが多い。入りが小さくなれば、当然出るのも絞らなければならない。基本的な食料を自給することで、近くの町のスーパーマーケットに買い物に行くのは月に1、2回程度。筆者の場合も支出は、都会で暮らしていたときに比べて激減した。

田舎ぐらしの醍醐味は自ら育てた新鮮野菜を食べることだが、こうしたライフスタイルがシカの侵入によって脅かされた。神奈川県にあった自宅の庭や近くに借りた菜園で作物を育てていた都市近郊では、野生動物による脅威はカラスやタヌキなど比較的小さい動物に限定されていた。が、田舎はこの集落が「動物園」と揶揄されることからもわかるように、獣害被害も規模が違う。

鳥獣害対策指導員も農業に絶望

獣害の実態を知ろうと、岐阜県職員の鳥獣被害対策専門指導員として獣害対策に取り組む池井元さんを訪ねた。というのも、池井さん自身が公務員を脱サラして“半農半X”に取り組む中で、獣害に悩まされていると聞いたからだ。池井さんは当初、農業で生計を立てようとして父親から引き継いだ田畑で、コメや野菜、ハーブなどを育て始めた。

筆者の住む集落で捕まったハクビシン。トウモロコシが好物(写真:筆者撮影)

だが、「あまりの獣害のひどさに農業で食っていくのは無理。車庫やトラクターなどの農機具、畑も田など農業に必要なものはすべてあったが、自動車の維持費や携帯の通信費などの支出でどんどん貯金が減り、怖くなった」と方向転換。

水道の検針や公園にある宿泊施設の管理人、高齢者向けのドライバーなど複数のアルバイトを掛け持ちしたこともあったが、不定期の仕事で農繁期とバイトが重なったりして疲弊したという。今は、岐阜県職員としての収入で生活基盤が安定したため、自家消費したり、友人に送ったりするために楽しみながら週に3日程度、農業に取り組む余裕ができた。

三重、滋賀両県の県境に近い集落に住む池井さんの田畑を案内してもらった。近くの山から出没するシカやサル、イノシシなどに田畑を荒らされるので、集落の中心部や見晴らしのいい開けた場所にある畑など、獣害にあいにくい土地の条件や比較的被害に強い作物を選ぶといった工夫をしていた。それも「一度にサツマイモを800本も抜かれたことがあった」という苦い経験があったからだ。

周辺地域では、新規就農してだいたい3年ぐらいで辞めていくという。「農機具の購入や獣害対策のフェンス設置などに大きな支出が伴う一方で、売っても農作物は大きなお金にならないことが多い。そうしたら、アルバイトしたほうがいいということになる。心が折れていく」と池井さんは話す。

背景には、農産物の価格の安さがある。「大規模産地で大規模農業、機械化によって低コストのものがスーパーで売られている。これが標準価格となると、個人で手間暇かけて作っても太刀打ちできない。それに獣害対策のコストまで上乗せされると利益が出ない」と指摘する。

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