このように、処遇を守る手だてはある。ただ、行動を起こす以前に事業者が保育士に対して「秘密保持」を要求し、外部に相談すると降格、解雇などをチラつかせ、行政などへの相談を阻むケースが起こっている。
筆者の取材では、退職するときに「退職合意書」が作られ、守秘義務があるから資料を持ち出さないこと、裁判や労働審判などで訴えないことなど、強制的にサインさせるケースがあった。事業者に都合の悪いことを明かそうとすれば、経営者が保育士に対して”法的措置を取る用意がある”と言って、保育士に恐怖心を与えた場合もある。
保育士は二重に守られている
しかし、そもそも保育士は労働関係法によって守られているうえ、自身や同僚の処遇について「公益通報」する権利がある。「公益通報者保護法」によって二重に守られるのだ。
公益通報とは、職場で「国民の生命、身体、財産そのほかの利益の保護にかかわる法律」に違反する犯罪行為、または最終的に刑罰につながる行為が生じている、あるいは、まさにそれが生じようとしていることを、従業員が、①事業者の内部、②権限のある行政機関、③マスコミ、労働組合などの事業者外部、に通報することをいう。児童福祉法や労働関係の法律などで罰則の対象となる行為を指す。
「保育を考える全国弁護士ネットワーク」共同代表の藤井豊弁護士が解説する。
「一般論として、自身の権利救済のためであったり、違法行為、人権侵害などの告発、公益通報は『秘密保持義務』『守秘義務』解除の正当な理由とされます。 例えば、保育士が給与をきちんと支払ってもらえない場合、保育園を所管する自治体や労働基準監督署に指導を求めたり、弁護士や労働組合に相談することは当然許されます。職場内の不正行為の告発も、通常は、公益目的の通報となります。
行政による通知に違反する行為があり園内での是正が難しいとき、保育士が行政に相談することは許されると考えられます。経営者が『守秘義務違反だ』といって解雇、降格など報復することは許されず、無効になります。子どもの命を預かる保育事業者が、違法行為や不正行為について自ら是正をしないどころか、職員を黙らせるために『守秘義務』を持ち出すことは、あってはならないことです。
現在の公益通報者保護法は対象になる行為が狭いのですが、対象とならない場合でもほかの法律で通報者が守られることは多いです。また、2020年6月に法改正があって(2年以内に施行)、刑事罰だけでなく行政罰も対象となり、通報対象者も退職して1年以内も可能となるため、より通報しやすくなるでしょう」
これは保育士の労働問題だけではなく、園児の処遇についても同じことが言え、園児への虐待の疑いなど法律上の通報義務がある場合も、通報義務が優先される。藤井弁護士は「不適切な保育が行われている場合に、行政に情報提供することも公益目的の通報であり、その後監査の際に調査、指導をしてもらうなどの対応が考えられる」と話す。
冒頭の涼子さんが勤める保育園では、朝の開園時から8時までの約1時間、正職員が出勤するまで、アルバイトの学生が1人で2歳児10人を見ているため、「いつ事故が起こるかもわからない」という。この3月も、6人の保育士が辞めている。これも通報すべきことだろう。
保育士が声をあげて闘うということは、保育士の処遇だけでなく、子どもの安全を守ることにもつながる。涼子さんの奮闘に続き、各地で保育士が声をあげ始めている。これは、ただ休業補償を求めるだけの闘いではない。
・介護・保育ユニオン
・東京保育ユニオン
・全国福祉保育労働組合(福祉保育労)
・全国労働組合総連合(全労連)
・全日本自治団体労働組合(自治労)
・地域福祉ユニオン
・日本自治体労働組合総連合(自治労連)
・日本労働組合総連合会(連合)
・日本労働弁護団
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