「ありえない賃金カット」を覆した保育士の戦法 不当な扱いを受けたときにどう動くべきか

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涼子さんは諦めず、近くに同じ境遇の保育士はいないかとツイッターで呼びかけた。すると、次々に給与カットや無給を宣告された保育士が見つかった。そうして、ツイッターを通じて自治体議員と知り合い、国会議員にも相談する機会を得た。

自治体議員が保育課に対して「満額補償するように」という通知を出すよう求めたが、それは叶わなかった。涼子さんの声は国会でも取り上げられ、国は涼子さんの声を無視した自治体の保育課に、事業者に対して指導するよう強く注意するに至った。

筆者の第1報から1週間後の4月28日、内閣府は「コロナの影響を受けても運営費用は通常どおり給付するため、人件費も適切に対応するように」と、自治体に改めて周知を図った。そして5月29日には、厚生労働省も適正な給与の支払いと年次有給休暇を強制して取得させないよう呼び掛けた。

そのようなこともあって、涼子さんの保育園では、5月7日からの休業補償分は8割になったが、涼子さんらは、「特別に8割にしたようなアピールでいやらしい」と感じていた。休業補償の決め方についての説明は、書面でも口頭でもなかった。

小学生の子がいる涼子さんは、「小学校休業等対応助成金」を活用することで満額補償されるはずだと考えた。助成金の申請を園に頼むと、園側は「対象でないほかのパートに不平等になる」と申請を拒んだ。その場では、涼子さんは「そうですか」としか言えず、改めて調べると「やっぱり、おかしい」と確信し、仲間と手分けして労働局や労働基準監督署に問い合わせた。

労働組合に相談、満額支給へ

5月の終わり、パートの保育士3人と、園長ら責任者3人とで話し合いの場をもった。涼子さんたちは「助成金を申請しない理由が、不平等になるからというのはおかしい」と詰め寄ったが、「法人として助成金は使わないスタンスだ」と一蹴された。

古くからある社会福祉法人が同族経営する保育園で、まるで治外法権のようだと感じた。こうした実情を自治体の保育課に何度も訴えたが、役所の対応は鈍く、保育園の考えが変わる気配はなかった。

「ここで諦められない。不平等というほかの職員も、そもそも休業補償は満額されていいはずだ」

涼子さんが何か質問をすると、保育園側は社会保険労務士の存在をチラつかせまともには答えない。「満額出さない、私たちを黙らせたいのが見え見えだ」と、涼子さんは交渉のプロである労働組合に相談。アドバイスを得て6月、仲間3人のほか2人の保育士の賛同を得て、保育園側に休業補償を10割とするよう要望する署名を提出。正職員と非正規への対応の違い、助成金申請を行わない理由についても併せて書面で回答するよう、申し入れた。

結果、保育園側は、パート保育士の休業補償も満額支給すること、助成金を申請することを約束し、涼子さんらの要望が通ったのだった。

保育園の経営者の中には、「保育士は労働関係法など知らないだろう」と、たかをくくっている場合もあるため、保育士も自分がどんな権利で守られているか知る必要がある。

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