「世界の山ちゃん」社長急死で妻が見せた"手腕" 経営素人から、全国68店舗を率いるトップに

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久美さんはこのときはまだ、自分が全国68店舗、社員約180人とアルバイト約1500人(2020年3月末)を率いる立場になろうとは、考えてもいなかった――。

常にバスケットボールとともにあった人生

『世界の山ちゃん』代表取締役の山本久美さんこと旧姓・塩澤久美さんの人生は、常にバスケットボールとともにあった。

本格的な関わりあいは、名古屋市立守山中学に入学してからだったという。

「小学6年でバスケを始めたものの、中学ではバレー部に入ろうと決めていたんです。ところが、たまたま姉がバスケ部の井上眞一先生の学年で。春休みに姉に、“妹がバスケをやっているんなら、練習に連れてこい”と指令が下った」

井上先生は守山中学を経て1986年に名古屋短期大学付属高校(現・桜花学園高校)のバスケ部監督に就任。以来、インターハイに24回、国体で21回など計67回の優勝を果たし、1988年からは全日本ジュニア(現U-18)のヘッドコーチも務めたという名伯楽からの誘いだった。

「練習に行ったら、先生からTシャツとか短パンとかソックスとかをプレゼントされて。“ワイロだな”って思って返したんですけど(笑)、そうしたら先生が“こんなものただの運動着だからもらっておきなさい。別にどの部活に入っても使えるんだから”って」

現在は桜花学園高等学校の教諭兼監督で、いまでも月に1回程度は電話で話すと語る井上先生も、

「ありましたね(笑)。僕は今、高校(の教諭)なんですけど、中学生の有望な選手にはTシャツをあげたりしていますから。彼女は小柄でしたが、バスケのスキルは当時からありました」

当時、全国的に中学校は荒れていて、バレー部には不良の先輩がいると井上先生に吹き込まれた結果、久美さんはバスケ部への入部を決心する。

バスケはこののちも高校大学と続け、社会人となってからは監督を10年以上にわたって続けることとなるが、このバスケを通じての経験と自信が、久美さんの『キャプテンシー経営』の礎となっていく。

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