日本の社会保障、どこが世界的潮流と違うのか カンヌ受賞作に見るデジタル化と所得捕捉

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総花的ゆえ、巨額に上る現金が配られている現状を目の前で眺めることができる今、マイナンバーを社会保障の給付を受ける権利とそれに付随する義務が体現された社会保障ナンバーに育てていく方法を、この国でも考えはじめなければ、これからも同じことを繰り返すことになろう。

マイナンバーの社会保障ナンバー化を拒むもの

この種の話のおもしろいところは、社会保障の研究者から見れば、利得の方が多くなる中所得者層、低所得者層の多くが、政府を信用できない、プライバシーを守りたいと言って、社会保障という所得再分配政策をスムーズ、かつ効果的に実行するために必須となる「社会保障ナンバー」の整備に大いに反発することである。

富裕層にとっては、この上なく好ましい国民性であろう。彼らにとって、広く国民が政府不信を強めるようなキャンペーンを張っておけば、自分たちの資産やアングラマネーを守ることができる環境だけは、この国ではしっかりと完備されている。

しかし今のままでは、これからも繰り返し、国民の生存権を守る政策は必ずスピードと正確さを欠くものになり、質の高い貧困救済をはじめとした社会保障制度の実施もできず、永劫に旧態依然としたままになる。たしかに政府は今も昔も、そして将来でも信用できるものではないだろうが、われわれの生活の安定と向上のために利用する価値のある代物ではある。

そういう話に興味のある人、特に、日本においても所得再分配の主体である国が、国民の資産や所得を把握しようとした歴史が過去にあったことやそれを誰が阻止したのかに興味のある人は、「総花的な「公的支援給付」が生まれる歴史的背景――コロナ禍に思う『バタフライエフェクト』」(『東洋経済オンライン』2020年6月23日)をクリックして開いてもらえればと思う。この方面の議論をする上では、「グリーンカードの顛末」という歴史をみんなで共有しなければ、話がはじまらない。

本当に反対したい人たちは、自分たちは表に出ることもなく、陰から政府への不信感を煽っておけば、自分たちの狙い通りにできるのが日本という国の特徴なのだろう。ところが、あろうことか、1980年に彼らの所得、資産がガラス張りになってしまう法律が通ってしまったのである。その時、彼ら所得や資産を秘しておきたい人たちはどう動いたか?

今後、彼らがそういう事態に追い込まれる日が早晩来ることを想像するのは難しい。だから今のところ、真犯人が誰なのかを知ってもらうために、みんなで「グリーンカードの顛末」という歴史を共有しようじゃないか、みんながあの歴史を共有できたうえでの話であれば、これからのことの成り行きに諦めもつく。そう思って、ああした文章やこうした文章を書いていたりしていたりするのである……。

権丈 善一 慶應義塾大学商学部教授

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けんじょう よしかず / Yoshikazu Kenjoh

1962年生まれ。2002年から現職。社会保障審議会、社会保障国民会議、社会保障制度改革国民会議委員、社会保障の教育推進に関する検討会座長などを歴任。著書に『再分配政策の政治経済学』シリーズ(1~7)、『ちょっと気になる社会保障 増補版』、『ちょっと気になる医療と介護 増補版』など。

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