日本の社会保障、どこが世界的潮流と違うのか カンヌ受賞作に見るデジタル化と所得捕捉

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最近はマイナンバーに通帳をひとつ紐付けようとか、免許証や健康保険証と一体化する話やマイナポイントのような話や、先にも挙げた「公金振込口座」の話がでてきているが、公平、迅速かつ効率的な社会保障制度の実現に必要なことはそういうことではない。

社会保障全体に関する世界的潮流は、ミーンズテスト(資力調査)を伴うスティグマを緩和して、受給要件を満たしながら給付請求をできていない人たちを発見しやすくし、制度の谷間を埋め、貧困のワナを抑えたりするために、就労が難しい人たちに十分に配慮しながら(ここは各国でスタンスの差が出るところ)、所得捕捉が準備された就労福祉にシフトしていく動きの中にある。

かつては不可能であったことを実現させる政策技術を、デジタルの進化が支えているのである。以前にはできなかったことが今ではできるようになっているーーこの3~4月から在宅勤務を求められた人たちの少なからぬ人が、理解しうる話であろう。

就労福祉と最低賃金制度の組み合わせ効果

ただし、就労していても社会保障の給付を受けることができるようにすると、企業側からみれば、それは一種の賃金補助のようにも受け止められ、雇用主が賃金を上げようとするインセンティブを阻害するおそれがある。この危惧は、1790年代イギリスのスピーナムランド制度という、低賃金に対して公的な補助を行った政策で現実のものとなっていた。

賃金をいくら低くしても公的な補助があるからと、雇用主たちは賃金を低い水準のままにとどめてしまったのである。そこで今は、そうした事態を避けるために、当時にはなかった最低賃金制度を活用することにより、就労福祉の政策が賃金補助の役割に堕さないように工夫していくことができる。

つまりはそこで起こっていることは、最低賃金を引き上げることにより、企業に対して付加価値生産性の上昇を促して、結果的に、貧困救済に必要となる税の支出を抑制するという、所得の移転構造の組み替えである。それは同時に、付加価値生産性を高める政策であるのだから、成長戦略ともなる。

この成長戦略の中で問われているのは、使用者たちの経営力であり、付加価値生産性が低い仕事しか準備できないのは、旧式の武器で兵士に戦をさせているようなものなのである。

同様の効果は、非正規労働者への被用者保険の適用拡大によって加速することもできる。厚生年金から適用除外されている非正規労働者は、将来、基礎年金しか持つことができなくなる。そうした人たちの中から、高齢期に生活保護受給者が相当でてくる将来を考えれば、中小企業に厚生年金への適用義務を免除するという今の制度は、将来の生活保護費に要する、将来世代が負担する税をもって、目の前の中小企業に補助金を与えているのと同等の所得移転が行われていることになる。

厚生年金の適用拡大は、将来の生活保護に要する税を、今の企業努力による付加価値生産性の上昇によって賄っていくようにするという所得再分配の構造転換の話でもある。そして繰り返しになるが、このような所得移転の構造転換は、企業の付加価値生産性の向上を促す政策なのだから、成長戦略でもある。

そうした、貧困救済に要する税の節約を果たすことになる就労福祉への転換を図るためには、所得、資産の把握が不可欠である。「骨太の方針」に書いてあるような「公金振込口座」をみんなが作るようになったからといって、公平かつ機動的な社会保障政策の実現には何の関係もなく、給付が総花的になるというこの国の欠陥は放置されたままとなる。

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