日本の社会保障、どこが世界的潮流と違うのか カンヌ受賞作に見るデジタル化と所得捕捉

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新型コロナの影響で、この4月からすべての授業はオンライン、会議もすべてオンラインとなり、パワーポイントによるビデオの作成、Zoom、Webexと、「これ、どうやるんだ?」と戸惑った感覚が、ダニエルの心境を思い出させ、ついつい、ダニエル状態という言葉を使ってしまっていたのである。

幸い、この年齢世代の相応に、これまでもパソコンをそれなりに使ってきたので、すぐに、10~20年前では不可能だったことが実現できるようになっていた現実を痛感し(あの頃に今の状況になっていたら講義はどうなっていたのか!?)、オンライン生活で必要となるスキルはたいしたものではなく、今後の壮大な可能性を実感できるようになった。

だが、59歳になるまで熟練した大工として生活してきても、マウスの使い方も知らなかったダニエルには、長らくイギリスで進められてきた行政サービスのデジタル化の動きはきつかった。

イギリスにおける行政のデジタル化と貧困救済策

1998年、ブレア労働党政権は、2008年までにすべての行政サービスについてオンラインでのアクセスが可能になるようにする目標を設定していた。

2010年に成立した保守党・自由民主党の連立政権下では、インターネットの事業者に当時のイギリス行政のウェブ・ポータルサイトである「ダイレクトガブ(Directgov)」についての調査が委託され、その報告書で、行政サービスの方法をデジタル方式に移行することにより、巨額の財政支出が抑制可能となることが示されていた。

この報告書と関連して、「デジタル方式のみによるサービス(digital only services)」や「デジタル原則(digital by default)」という考え方も出てきていた。

これと並行して重要なのは、政府による所得捕捉の動きである。イギリスでは、1944年に、源泉徴収(Pay-as-You-Earn)が導入されている。そこに、2010年には、新たな情報技術として、「即時情報(Real Time Information)」が提案され、2012年から試験的に運用されてきた。この即時情報計画によると、雇用に関するひとりひとりの情報が、即時情報システムという歳入国税庁のデータベースに蓄えられていく。

こうした背景の下に、ダニエルが直面することになる貧困救済制度としてのユニバーサル・クレジットが、2013年から徐々に施行されていくことになる。この制度に直面していたダニエルを描いた『わたしは、ダニエル・ブレイク』は2016年、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した。

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