同店から独立開店したシェフは、約20人に及ぶという。店主の引退などですでに閉店した店も10軒近くあるが、のれん分け店からさらに独立した店を含めると、確認できているだけで現在20軒近くの“子店”や“孫店”が営業する。
高回転率可能にしたオーダーシステム
3つめの理由には、回転率のよさが挙げられる。前述の通り、多い時には席が30回転したというが、そうした驚異的な客さばきを可能にしているのが、独自のオーダーシステムだ。
まずは行列中の客にホール係がオーダーを聞いて回り、メニューごとに色分けされた札をケースに積んでいく。その後、ホール係は色札を厨房の前の台に並べ、シェフにオーダーを伝える。札の向きや並べ方で順番・何人連れかなどの情報もわかるようになっている。それを見た厨房のシェフたちは、客が着席してすぐに料理を出せるよう、連携をはかる。といっても作り置きはせず、カツは注文が入ってからパン粉をつけ、揚げ始める。
行列が行列を呼ぶ店でありながら、いざ並んでみると意外なほど早く食べられるという同店の機能的オペレーションは、こうして実現している。色札を使うスタイルは、創業時から続いているという。
そして4つめの理由が、雰囲気のよさだろう。店頭の看板や食品サンプル、店内の設えはレトロな趣で、懐かしさを感じさせる。しかし、ただノスタルジックなだけでなく、無骨な食器、長いコック帽をキリッとかぶるシェフ、ずらりと並ぶスパイス缶など、そこには機能美や上質さが同居している。ちょっとした“舞台”ではないが、そうしたどこか非日常的な空間で食事をすると、食べているものが特別なものに感じられる。
「料理は舌で感じるものと思いがちだけど、そうではありません。大切なのは脳なんです。脳にいかに刻み込むか。それができれば食べ物屋は絶対に成功するだろうし、私が商売で突き詰めようと思ったのも、まさにそこなんです。
たとえばラーメンを、冷めた後も美味しい美味しいとすすり続けるのは、舌の作用だけを考えたらありえない。脳に刷り込みがあるからこそ、美味しいと感じられる。そうした構造をいくつも利用しているのが、うちのカレーなんです。
だから、今は出前や持ち帰りは一切やっていません。できたてをこの店で食べるからこそ、100%美味しいと思ってもらえるわけで、持ち帰って食べたら絶対に味が変わってしまいます」(南山氏)
神保町キッチン南海から独立した店や、さらにそこから独立した店は、多かれ少なかれ同店の特徴や雰囲気を受け継いでいる。文芸評論家の福田和也氏は神保町キッチン南海を「文化財」と評したというが、のれんわけ店にも独立からすでに50年近く経った店があり、まさに文化財といった趣の店も少なくない。この先もそうした各店に足を運ぶことで、神保町キッチン南海のエキスのようなものを体感できるだろう。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら