あるとき、仕事終わりに将也から食事に誘われた。
「2人きりの食事だったので、なんとなく会社の人に知られたくなくて、社屋を別々に出て、5つくらい先の駅で待ち合わせをしました。食事をしている時間も楽しくて、そこから私は彼を好きになってしまった」
その後も食事に誘われるようになり、そのまま男女の関係になるのに時間はかからなかった。ただ、社内恋愛はウワサになると面白おかしく吹聴されていくので、周りには気づかれないように社内では、わざと他人行儀に振る舞っていた。
「週末たまに出かけることもあったけれど、街でバッタリ会社の人に会ったら嫌なので、彼が私の家に来ることが多くなりました。翌日彼に予定がないときには、そのまま泊まっていきました」
そんな付き合いを1年くらい続けていたあるときのこと、将也が関西支社へ転勤することが決まった。秀実は離れてしまうのが寂しかったが、彼は地元が関西なので、どこかうれしそうだった。
「付き合って1年、結婚の話がまったく出なかったけど、週末同棲みたいなことをしていたので、私は“いつかは結婚できるだろう”と、ぼんやり思っていました。今思えば、関西の転勤が決まったときに、きちんと結婚の話をすべきだった。でも年上のプライドで、“結婚”という言葉が出せませんでした」
そのとき秀実は、37歳も半ばを過ぎていた。
「ただ関西に転勤になってからも、月に1、2度は会っていました。彼が出張で東京に来たり、私が週末彼の所に遊びに行ったりしていました」
関西で彼は実家暮らしだったので、秀実が遊びに行ったときはホテルを取り、一晩一緒に過ごした。将也が東京に来たときには、秀実の家に泊まった。その夜は、彼女が夕食を作り、彼は飲みたいお酒を買ってきて、最初に付き合っていた1年間のような生活が再現されていた。
新型コロナウイルス蔓延で会えなくなって
ところが、年明けから新型コロナウイルスのニュースが、毎日報じられるようになった。
「感染は拡大していたけれど、1月、2月はそれほど規制が厳しくなかったので、1月は彼の東京出張もあったし、2月は私が関西に遊びに行っていました」
ところが、ダイヤモンド・プリンセスの船内感染が深刻化し、それとともに外出自粛モードが高まっていった。その後は公共の交通機関をなるべく使わない、都道府県またぎをしないという報道がなされるようになった。
「3月から彼との連絡は、もっぱらLINEか電話になりました。顔が見たかったので、『LINEでビデオ通話をしない?』と持ちかけたのですが、『実家だから親がいるし、いきなり部屋に入ってこられたときに、ビデオは微妙。電話でいいじゃない』と言われました」
緊急事態宣言が発令されると、秀実の会社も出社は週どこかの2日間で交代制となり、自宅でのリモートワークが中心になった。あるとき出社すると、同僚男性同士の会話が耳に飛び込んできた。
「昨日、関西の将也とZoom合コンをやったよ。オンライン飲み会も楽しいよ」
秀実はドキリとして、聞き耳をたてた。男女4、4の開催で、関西組は将也ともう1人の同僚男性に女性が2人。東京も男女2名ずつが参加、女性は4人とも20代のようだった。
Zoom飲み会をやることは聞いていなかったし、そこに若い女性たちが参加していたというのは、秀実にとって気持ちのいい話ではなかった。しかも、関西側は女性が将也の知り合いであるというのも聞こえてきた。以前、ビデオ通話を提案したときに、「家族と同居だから、ビデオは微妙」と言われたのに、合コンをしていたというのが腹立たしかった。
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