全国で波紋「保育士賃金カット」横行の残念実態 今後は「監査対象」になる可能性がある

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具体的には、①コロナの影響で職員体制が縮小し、やむを得ず職員を休業させる場合には、休業中の手当を支払うよう就業規則に定め、安心して休める体制を整えること、②施設型給付費や委託費が支給されている認定こども園、幼稚園、認可保育所、そして小規模保育、家庭的保育などは、運営費が通常どおり給付されていることを踏まえ、職員体制の縮小にあたっては、休ませた職員についても通常の賃金を支給するなど人件費の支出を適切に対応すること、という2点を記載した。

そして、年次有給休暇は原則、労働者が請求する時期に与えるもので、使用者が一方的に取得させることはできないものだと踏み込んだ。さらに、「都道府県や政令市・中核市は、管内の市町村や保育所にこの通知を周知し、指導監査の際に確認する項目として留意すること」を求めた。

つまり、賃金が満額支払われない、年次有給休暇を強制されることは不適切で、指導監査すべきことだというのだ。日頃から自治体は「民間の給与額に口を挟めない」という悩みを抱えてきたが、今回のコロナ禍では、それは通用しないことを意味する。

江東区が送った、毅然とした通知文

6月3日、東京都の江東区は、コロナ禍の賃金と年次有給休暇の取り扱いについて、認可保育園の運営事業者に通知文を送った。国の通知と同様、「職員の賃金について減額等することなく通常どおりの金額を支払うこと」「年次有給休暇を使用者が一方的に取得させないこと」と記した。そのうえで、保育施設の検査(監査のこと)で、賃金の支払いと年次有給休暇の取得状況について確認すると、厳しい姿勢を見せている。

江東区役所の保育課長は「国が具体的に通知したことを受け、区も対応した。企業の論理ではノーワークノーペイという概念があるかもしれないが、保育所は別。委託費が満額支払われているのに、理由のない賃金カットがあってはいけない。保育士からの不安の声もあり、それに応じたかった」と話す。

国は保育園の収入が減らずにすむ手だてを打ち、通常どおり給与を支払うよう通知している。それにもかかわらず、不当な賃金カットが行われるのであれば、ウイルスと隣り合わせで働く保育士が、あまりに報われない。

保育園とは自治体の責任で設置する福祉施設であり、事業者の性善説が通用しないことがあるなかでは、行政はより厳しく監督する責任があるはずだ。保育士の離職が進めば、保育は完全に崩壊してしまう。

小林 美希 ジャーナリスト

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こばやし・みき / Miki Kobayashi

1975年、茨城県生まれ。株式新聞社、週刊『エコノミスト』編集部の記者を経て2007年からフリーランスへ。就職氷河期世代の雇用問題、女性の妊娠・出産・育児と就業継続の問題などがライフワーク。保育や医療現場の働き方にも詳しい。2013年に「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。『ルポ看護の質』(岩波新書、2016年)『ルポ保育格差』(岩波新書、2018年)、『ルポ中年フリーター』(NHK出版新書、2018年)、『年収443万円』(講談社)など著書多数。
 

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