新型コロナウイルスへの対応に世界中が追われているが、そんな中、もともとあった問題が改めて再認識されることもある。その1つが、「男女格差」の問題だ。
日本で2月末、全国の小中学校と高校の休校が決まったとき、湧き起こったのは「家庭にいる子どもの面倒は誰が見るのか」という悲鳴だった。
親が休業できる強力な仕組みがセットで用意されればよかったのだが、日本の場合、それはなかった。休校にあたり学校から出されたのはドリルやプリント学習だが、休校が長引く中、新しい単元の学びまでもが宿題として出始め、否が応でも親は教える義務を負わされた。母親が家で見る前提で政策が決められていると、多くの働く母親たちが怒るのも自然なことかもしれない。
こうした有事に際し、改めて男女格差における日本の鈍さを感じざるをえない。
世界経済フォーラム(WEF)が毎年公表する、男女格差を表すジェンダーギャップ指数。政治・経済・教育・健康の4部門について、男⼥にどれだけの格差が存在しているかを分析、スコア化し、順位をつけるものだが、今年、調査対象となった153カ国のうち、日本は過去最低の121位、G7の中で最下位だった。
ここ10年、「輝く女性」「女性活躍」とスローガン的な言葉が生まれ、育休離職者の多さを表す、いわゆるM字カーブの溝は浅くなりつつあるが、男女格差の問題はなかなか改善されていない。
ポイントを引き下げているのが「政治」と「経済」の分野だ。女性の立場に立たない政治と経済に囲まれて、女性たちの葛藤は深まるばかりだ。
学生が感じた違和感
筆者は2006年、アメリカ・シカゴ大学で日本でのウーマニズムを紹介するために開かれた、映画『30年のシスターフッド:70年代ウーマンリブの女たち』(山上千恵子・瀬山紀子監督)の上映会に参加した。その後のパネルディスカッションに続く質問タイムで、1人の日本人女子留学生が手を上げたのが印象的だった。
「私の時代はすでに家庭科も男女ともに受けていて、不平等と感じたことがありません。本当に今でも日本は男女不平等な社会なのでしょうか?」
学生だった彼女にとっては自然な感覚だったのだろう。近年、東京医科大学における入試差別が話題となったとはいえ、確かに学生のうちは性別による差をさほど感じることなく過ごす。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら