国家存亡の危機が生んだ究極のリーダー育成術 イスラエル「タルピオット・プログラム」の質

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タルピオット・プログラムの研修生はまず物理、数学、コンピュータサイエンスを学ぶ。通常の学生が4年間で学ぶ内容を3年で習得し学位を取ることを求められる。この過負荷を与える目的は、物事を考えるスピードの早い人材を育てることにある。

イスラエルを建国したユダヤ人は、その長い歴史の中でつねに“不確実な明日”を背負って生きてきた。そのため、素早く状況を判断し、素早く意思決定をすることが必須であったのだ。その状況は実は今でもあまり変わらない。平和な日本ではなかなか理解しがたいが、つねに周辺国との対立に直面している彼らにとっては、考えるスピードは大変重要な要素なのである。

このアカデミックプログラムに加えて、アクティブセミナーという、研修生同士が互いに教え合うプログラムや、ハンズオンテクノロジープロジェクトと言って、限られた時間、予算のなかで、グループで具体的な「技術成果」を作ることも求められる。

人に何かを教えるためには、自分自身の理解が深くなくてはならない。また、チームワークで成果を出すためには、適切なコミュニケーションと相互理解は不可欠である。

選ばれた少数精鋭のエリートたちが、個人あるいはチームワークで困難なミッションを果たすのがこのプログラムであり、見方を変えれば、イノベーションを起こすベンチャー企業の活動そのものでもある。さらに、学期と学期の間にはパラシュート降下のような軍事演習もこなさねばならない。

心身ともに厳しい3年間の訓練をこなせるのは、研修生が「選ばれた者としての使命感」を持っているからにほかならない。こういったプログラムの中で、自然とリーダーシップが養われていく。

答えの無い課題に立ち向かう訓練をする教育が必要

ポストコロナの世界は従来とは大きく変わるだろう、という論考が次々に出てきている。ワクチンや治療薬というソリューションが当面見つからない疫病と付き合う、ということは、われわれが“不確実性”の中に生きることを意味する。

その中で生まれるかもしれない危機への対処に必要なのは、われわれ個々人が自分の頭で考え、判断し、優れたリーダーシップを持つリーダーの下で結束することであろう。

高度経済成長の時代も、デフレから抜け出せない停滞の時代も、日本の教育はほとんど変わらなかった。知識の量を増やし、答えのある問題を解く訓練をする教育から、答えの無い課題に立ち向かう訓練をする教育へと変わってゆく必要があるだろう。

それがポストコロナの時代におけるプライオリティーであると考える。

新井 均 事業開発コンサルタント、ライター

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あらい ひとし / HItoshi Arai

1955年東京生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科電気工学専攻、MITスローンスクールMOTプログラム修了。NTTで表示デバイスの研究開発に従事後、外資系メーカー・新規参入通信事業者でのマネジメント経験を経て、2007年にモバイルサービスの会社を起こす。このときに使った技術がイスラエル製だったことからイスラエルとの付き合いが始まる。現在は、イスラエル企業の日本市場進出を支援しつつ、イスラエルに関する記事を「WirelessWire News」ほかWEBメディアで発信。日本イスラエル商工会議所、日本イスラエル親善協会会員。

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