「山村美紗」ハイペースで書き続けた泣ける理由 実はとても不器用だったトリックの女王

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「ママは、どんなときでもあなたたちの味方よ。たとえ警察に追われるようなことになっても、ママだけはあなたたちをかくまってあげる。警察の張り込みなんかウラをかいて逃がしてあげる。それでも捕まったら、差し入れの中に糸のこぎりを入れてあげる。地下道を掘ってでも助けてあげる。だから、どんなに悪いことをしたときでも、言ってちょうだい」

本気で地下道を掘るメカを自作しかねない美紗が言うと説得力がある。いついかなるときも「親は子どもの味方」という安心感と信頼感をおけば、接する時間が短くても子ども自身が自然に打ち明けてくれるのだと美紗は説く。

99点でもダメだし

仕事がたまって締め切りが迫ってきたときだって、ただほったらかしにはしない。娘2人を豪華なレストランに連れていき、好きなものを買い与え、最後にこう告げる。「忙しいから、ママこれから仕事に専念するからね」。

目に見える形でしっかりかまうことで、母は自分たちのために時間を割いたから徹夜しているのだと子どもたちも納得すると美紗は考えた。育児のために仕事を減らすのではなく、徹夜してでも引き受けた仕事をやり遂げる姿を子どもたちに見せたかったのだ。「仕事の約束は絶対に守らなくてはならない。たとえそのために死ぬことになっても」。それが美紗の教えだった。

もっとも紅葉に言わせれば、美紗は褒め上手どころか「とても厳しい母」だったようだ。作文はつねにダメ出しされ、好きな男の子までけなされ、模試で99点を取っても「なぜ100点じゃないの」と叱りつけられる。受験勉強があるから家事ができないと言うと、「ほんのちょっとしたことができなくってそれで受験に失敗するようなレベルだったら、勉強の分野では成功できない。諦めなさい」と激怒された。母の育児エッセイとはだいぶ違う。

「自分が生き残るのに必死」で「精神的に余裕がなくて、私のことまで気が回らなかったんでしょうね」と紅葉はインタビューで語っている。エッセイで語った育児テクニックは、緻密なトリック同様、あくまで理論上の産物だったのだろう。

女王のように振る舞っていた作家・山村美紗の余裕のなさについて、30年来の盟友だった西村京太郎も貴重な証言をしている。追悼手記で彼が語ったのは、「華やかで、男まさりで、気配りがあって、才能にあふれた女性」という周囲のイメージとは裏腹に、自信なげな言動をとる美紗の姿だった。

次ページ盛りに盛った育児エッセイの裏側
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