「山村美紗」ハイペースで書き続けた泣ける理由 実はとても不器用だったトリックの女王

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「私とKさんとどっちが作家として上かしら?」

と西村京太郎に何度もしつこく聞き、初対面の相手には自分がいかに売れっ子であるかを必死にアピールする。君が流行作家であることは誰もが知っているといさめても、「私のことなんか、ぜんぜん知らないかも知れないわ。知らないで、バカにされるのが怖いの」と不安をもらした。

つねにどこか怯えがあった

出版社の社長が社員を引き連れて会いに来たときは、姓名判断の本を一夜漬けで暗記し、占い好きの社長を姓名判断で2時間近く持ち上げてみせた。そこまで気を遣っても、あとで西村京太郎に、

「社長さんは満足してくれたかしら?」

「少し、私が喋りすぎたんじゃないかしら。うるさい女だと思って、2度と、あの社長さんは京都に会いに来てくれないんじゃないかしら?」

としつこく確認せずにおれない。自分は本当は人に愛されていないのではないか、作家としての才能がないのではないかという怯えは、つねに美紗にとりついて離れなかった。

盛りに盛った育児エッセイも、娘に厳しかったのも、完璧でなければ世界にそっぽをむかれるという恐怖の表れだったのだろうか。

華やかに活躍する母の陰で身なりに構わず勉強に明け暮れた紅葉は、早稲田大学政経学部に進学する。在学中、母原作のテレビドラマの打ち合わせに訪れていたプロデューサーの目に留まり、ドラマ出演の誘いがかかった。ほとんど母から褒められたことがなかった紅葉は、中学でシンデレラの英語劇に出たときだけ褒められたことをずっと覚えていた。

参観日や親子面談にも来ず、子どもの行事ごと忘れるような母なのに、テカテカピンクの生地を買いに行ってドレスまで縫ってくれたのである。観覧後も「あれはきれいだった。上手だった」と手放しに褒めた。ドレスを着て演技をしたら、お母さんはまた喜んでくれるのかな。

次ページ紅葉にとことん過干渉だったワケ
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