「山村美紗」ハイペースで書き続けた泣ける理由 実はとても不器用だったトリックの女王

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小池百合子都知事の母、小池恵美子は兵庫県・赤穂の塩田地主だった小川家に生まれる。父親は放蕩の挙句に若死にし、恵美子は残された母の苦労を見て育った。戦時中に青春時代を送り、実業家の小池勇二郎と結婚。事業そっちのけで政治活動に熱を上げる夫に振り回されながら、一男一女を育てる。

夫が石原慎太郎に入れ込んでからは、石原慎太郎を応援するアンチ学生運動派の学生たちや保守系言論人が始終家に出入りするようになり、家庭はますますカオスに。それでも恵美子は文句を言うことなく彼らに料理をふるまい、夫の政治活動を支えた。

口癖は「人と同じじゃつまらない」

夫が選挙に出馬したときは、一家心中も覚悟した。専業主婦であることは、なんと不安定なのか。つねに危機感とともにあった恵美子は、小学生の百合子にはこう言い聞かせた。「結婚を人生の目的にしちゃダメ。夫がいつ交通事故であの世に行くかわからないでしょう。いつでも自分の足で歩けるようにしておきなさい」。

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戦争と結婚生活で夢や希望を果たせなかったぶん、2人の子どもたちには個性的であってもらいたいと考えた。口癖は「人と同じじゃつまらない」。外国の雑誌を参考に手作りしたおしゃれな子ども服を着せ、人と違っていることに誇りを持たせた。特に娘には、自由に生きてほしいという願いを託した。「女性が何でも好きなことができる今みたいな時代に、何もしないでいるのは罪よ」。

百合子がすでに熟練者がたくさんいる英語通訳をあきらめ、アラビア語通訳を目指してエジプトで学ぶ決意を伝えたときも、「あら、いいチョイスだわ」と大賛成。百合子は日本の大学を中退し、エジプトのカイロ大学に留学する。

留学中の娘に会いに訪れた恵美子は突然、「百合ちゃん、私ね、カイロで日本料理店を開こうかと思うんだけど」と打ち明けた。百合子に案内されたカイロ唯一の日本料理店で、すき焼きに白菜ではなくキャベツが使われていたことが気に入らな かったのだ。「これまでやりたいことがあっても何もできなかったんだもの。これからは好きなことをやらせてちょうだい」。恵美子は本気だった。

ずっと専業主婦で英語もアラビア語もわからない母が、海外で飲食店を経営するなんて無理に決まってる。家族の猛反対にも、「あら、そんなの、やってみなくちゃわからないでしょ」と決意は揺らがなかった。

エジプト人に本物のすき焼きを提供したい一心で、一年後に日本料理店「なにわ」をオープン。事業に失敗した夫も合流し、銀行や税関との交渉に奔走して経営を助けた。日本に帰ってきた娘を置いて、夫婦はカイロで「なにわ」の営業を20年間続けた。

堀越 英美 ライター

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ほりこし ひでみ / Hidemi Horikoshi

1973年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社、IT系企業勤務を経てライターに。二児の母。主な著書は『不道徳お母さん講座』(河出書房新社)『女の子は本当にピンクが好きなのか』(Pヴァイン)など。訳書に『世界と科学を変えた52人の女性たち』(青土社)、『ギークマム』(オライリー・ジャパン、共訳)

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