世界の経営理論に「ビジネスモデル」がない理由 持続的繁栄には「センスメイキング」が不可欠
井上:日本の経営学では、以前に「ビジネスシステム」という言葉がありました。ほぼビジネスモデルと同じことですが、結果として生み出された仕組みを指します。それに対して、「ビジネスモデル」は型であり、木の幹に当たります。こういう儲け方をしたらいいな、こういうカスタマー・セグメントにこんな価値提案をして、こういうリソースを使ったらいいなと、枝葉をつけていく。
したがって、経営者は枝葉のないビジネスモデルを参照するのですが、現実はそのとおりにいかないので、創発的に元々の木がすごく複雑に茂ったビジネスシステムができあがるのです。
持続的競争優位を説明するときは、ウォルマートの仕組みの枝葉の茂った部分まで注目して、ここに複雑性や模倣困難性があると見ていく。でも、つくるときには、そんな複雑な部分まで真似できないので、型としてのビジネスモデルが大事だと分けて考えていくと、かなり整理できます。
入山:へえ、そういう型みたいなものがあるのですね。
井上:例えば、広告モデル、マッチングモデル、フリーミアムモデルなどです。30~40の型があるとする書籍もあれば、私たちみたいに、具体と抽象の往復運動しながら、自分で型をつくらないとうまく使えないというスタンスもあります。
型だけあってもつくれないので、「あのビジネスはいい」と思えるお手本を自分で抽象化し、適用してみる。その往復運動をするうちに、本当にいいものになっていくのだと思います。
引用する言葉によるアプローチの違い
入山:基本的に本の内容を鵜呑みにするよりは、それを前提にもっと考えてもらいたい、と。それは私の本でも同じです。
井上:そうですね。しかし、私はそれを学術の言葉を使わずにやりたいのです。「日常の理論」と言ったりしますが、本でもなるべく現場の人たちが使っている言葉を引用するようにしました。
もちろん、標準の言葉を使ったほうがいい場合もあるのですが、例えばデザイン・シンキングの話をするときには、学問の言葉よりも、デザイナーたちが普段使っている言葉遣いのほうが腹落ち感、納得感があり、脈絡や歴史も拾ってこられる。だから、一見するとすごく学術っぽくならない。
入山:私の本は逆で、むしろアカデミックな言葉をわかりやすく使って説明しようとしています。アカデミックな理論をそのまま知って読者に納得してもらうことで、思考の軸にしてもらいたい。
井上さんはダイレクトに「役に立つ」ことに関心があるから、現場の言葉に落として伝えていく。私は「思考の軸」としての腹落ちにまずは関心があるから、理論をそのまま解説する。私と井上さんで目指していることは近くても、アプローチが違うところは面白いですね。