経営戦略の思考法 時間展開・相互作用・ダイナミクス 沼上幹著 ~その本質を体系的にわかりやすく論じる
「経営戦略」ということばは今や一般用語である。社長や役員はもちろん社員たちも使っている。はたまた就職活動中の大学生までが口にする。しかし、一般化したことばほどその意味は奥深く、「人生」とは何かという哲学的な問いに等しい。経営戦略もしかりだ。その本質を体系的かつわかりやすく論じることは至難の業だが、本書は、そうした難題に挑戦している。
そもそも経営戦略は実務側のニーズから生まれたが、著者は、二つの理由により、実務から離れている学者が関与する意義がある、と強調する。
コンサルタント会社などが過去の概念や理論とのつながりを重視せず、次々と新しい経営戦略を提唱してくる。これでは、実務家は混乱してしまう。その点、学者はそれらを整理することができる。二つ目は、現実的な問題を解明するために、他の学問分野から理論的アイデアを輸入・加工し、新たな経営戦略の理論を構築できる。
そこで三部から構成される本書の第I部では、経営戦略論の学説史を紹介している。これを読めば経営戦略論の変遷がすっと頭に入ってくる。著者が述べているように、このようなバックグラウンドを踏まえてから、「時間展開・相互作用・ダイナミクス」を読み解くための思考法を磨くことが望ましい。
第II部で、その思考法について詳しく述べ、第III部では、それを用いて、日本企業にとって意味があると思われる顧客、競争、シナジー、選択と集中などを主要テーマに論じている。
最後に著者は、実践を積み重ねつつ、時々理詰めの座学を学ぶことの意義を唱えている。人は実践から学ぶが、苦労を過剰正当化せずに、失敗に至ったメカニズムを解明しなくてはならない。十分に実務経験のある人であれば、ビジネススクールで教育される論理的に整理された経営学の知見は役に立つ、と説く。特に、経営戦略の思考法は、総合的かつ最終的な経営判断である。それを鍛えるには過去の蓄積を学ぶことが有益なのではないだろうか。
著者は、常にビジネスの現場を観察し、学術的に洞察する力に長けた、今もっとも脂が乗った経営学者の一人である。研究者の良心に基づく技法で記述しているが、簡単なことをわざわざ難しく表現する、一部の学者の悪癖は見られない。むしろ、学術のエッセンスをより多くの人々に読んでもらおうとする配慮が感じられる。その筆致は、具象的かつ論理的説得力があり、読後、頭の中が整理され吹っ切れた気分になる。ビジネスマンが読めば思わず膝を打つことだろう。本書は心に残る経営戦略のバラードといえよう。
ぬまがみ・つよし
一橋大学大学院商学研究科教授。1960年生まれ。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。成城大学経済学部専任講師、一橋大学商学部産業経営研究所専任講師などを経る。著書に『液晶ディスプレイの技術革新史』(日経
日本経済新聞出版社 1995円 357ページ
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