台湾がWHOのテドロス発言に猛反発した背景 先住民族や対中交流、その試行錯誤の歴史

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世界中のどこにおいても、さまざまな形の差別がある。しかし、それを克服する過程でさまざまな経験や教訓を得ながら、人々はより豊かで、やさしさにあふれた社会を作り上げていく。2011年の東日本大震災で日本に200億円以上の義援金を送ったことからもわかるように、台湾は弱者や傷ついた人々とともに寄り添おう、手を差し伸べようとする空気が根強い。

筆者が台北に住んでいた1970~1980年代、ガムやあめ、自動車の中に飾るような花を、身体障害者が路上で必死に売ろうとする姿をよく目にした。買う、買わないは別として、台北市民がそんな身体障害者を嫌がったり煙たがった様子を目にすることはなかった。誰もが「彼らの生活は大変だ」という同情心があったように思う。

また、通学していた台北の学校では、台湾人のお年寄りに先の戦争体験や日本統治時代の思い出を聞き取るという課題が出された。あるお年寄りは、「私は日本人の先生から本当に良くしてもらった。台湾人だからと差別はなかった。だから私も自分の子どもたちに差別はいけない、人にやさしくすべきと教えてきた」と語ってくれたこともある。家庭教育の中で、差別はいけないと教えられた人々も少なくない。

人種差別で台湾人が思い出す「ある事件」

1980年代後半から民主化が進むと、台湾社会のマイノリティーである先住民族(中国大陸から台湾への移民が増える17世紀以前に居住していた台湾の先住民族をルーツに持つ人々)の社会的地位向上への取り組みや、受け入れを増やしてきた外国人労働者、さらには中国大陸との交流による中国人配偶者が増加し、さまざまなルーツを持つ人々がともに生活できる社会をどうつくるかが台湾社会で大きな課題となっていた。

その過程で、台湾は試行錯誤しながらも、多様な人々を受け入れて彼らを支える社会づくりに強い意識をもって取り組んできた歴史がある。したがって、テドロス氏の人種差別発言は、差別や人権について改めて考える機会となっているようだ。

人種差別といえば、台湾人が思い出す事件がある。台湾では「黒人牙膏」という商品名の歯磨き粉が売られている。牙膏とは中国語で歯磨き粉を意味し、日本語で言えば「黒人ハミガキ」となる。

1980年代ごろまでは、パッケージに明らかに黒人とわかるデザインが印刷されていた(今は変更されている)。戦前から中国で販売され、戦後は台湾でも生産が開始されたものだが、1990年代ごろから欧米社会を中心に「人種差別的だ」との批判を浴び、英語での商品名も差別的なニュアンスのある「DARKIE」から、現在の「DARLIE」に変更した。中国語名については、当時はあまり問題視されなかったことや、人々の間で浸透していたこともあり、いまだそのままだが、この商品に対する批判は今でも台湾社会の中にある。

2015年には、中国企業が製造した洗剤のテレビCMが台湾でも話題になった。黒人を洗濯槽に入れて自社の洗剤を入れて洗うと中国人が出現するという内容で、これも「人種差別的だ」として批判が集中、企業は謝罪に追い込まれた。中国企業の問題だったとは言え、これは台湾社会にも広く伝わった。

戦前戦後の歴史やこのような事件などが重なり合い、今日の台湾人にとって人種差別や人権への意識は他国と比べて相対的に高い。現在、同性婚が認められ、性の多様性(LGBT)への意識が高いとして台湾が評価されているのも、そのような歴史を持つことが背景にある。

高橋 正成 ジャーナリスト

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たかはし まさしげ

特に台湾を中心に、時事問題をはじめ、文化、社会など複合的な視座から問題を考えるのを得意とする。現役の翻訳通訳者(中国語)。

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