世界の経済危機を救うには「共同行動」が必要だ ノーベル賞学者スティグリッツの強い政府論

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医療に関する統計ほど、多くのアメリカ人が陥っている苦境を見事に表現している統計はない。アメリカ人は、大半の先進国の市民より平均余命が短く(日本より5年以上短い)、死ぬ年齢が次第に早まっている。

疾病管理センターの報告によれば、2014年以降、毎年平均余命が短くなっているという。医療が進歩しているにもかかわらず、減少しているのである。ちなみにほかの国ではたいてい、そのおかげで死亡率が減少し、平均余命が延びている。

アメリカではさらに、富裕層と貧困層の間で平均余命の差が大きく、年々その差が拡大している。ブルッキングス研究所のゲイリー・バートレスは、1970年と1990年における50歳の女性の平均余命について、こう述べている。「この20年の間に、所得階層の下位10パーセントの女性と上位10パーセントの女性の平均余命の差が、3.5年強から10年以上に増えた」。

アメリカとほかの先進国との間、アメリカ国内の富裕層と貧困層との間にこうした医療格差が存在するのは、当然といえば当然だ。オバマケアが登場するまでアメリカでは、あらゆる国民に医療を受ける権利があるとは考えられていなかった。ほかのほとんどの先進国では、その権利が認められている。

アン・ケイスとアンガス・ディートン(2015年のノーベル経済学賞受賞者)は、公的に利用可能な死亡統計を詳細に調査し、驚くべき事実を明らかにした。大学教育を受けていない中年白人男性の死亡率が、1993年から2013年(この調査の対象となった最終年)の間に著しく上昇したという。これにより、この集団の死亡率の減少傾向は逆転した。アメリカ人の大半の年齢集団や民族集団、あるいは大半の工業国とは逆の傾向である。

貧困が生む「絶望の病」

さらに気がかりなのが死因だ。アルコール依存症や薬物の過剰摂取、自殺が増えており、ケイスとディートンはこれを「絶望の病」と呼んでいる。すでに述べたように中間層と下位層の所得は停滞しており、そのうえさらに金融危機で莫大な雇用と住宅が失われたことを考え合わせれば、これも驚くべきことではない。

戦争や感染症の流行(HIVなど)もないのに平均余命がこれほど低下したのは、近年の歴史を見ても一度しかない。ソ連崩壊後のロシア国民がそうだった。当時のロシアは経済や社会そのものが崩壊し、GDPはおよそ3分の1も減った。

これほどの絶望が支配する国、これほど多くの市民がアルコールや薬物に溺れている国に、健全な労働力などあるはずがない。社会が良質な仕事や健全な労働者を生み出しているかどうかを示す指標に、労働に参加している労働年齢人口の割合を示す労働参加率がある。アメリカは、この割合がほかの国よりかなり低い。これは、少なくとも部分的には医療統計の悪化と関係がある。

米大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長を務めたこともあるアラン・クルーガーの最近の研究によれば、就労していない「働き盛りの男性」のおよそ半数が深刻な健康状態に苦しんでおり、その3分の2が鎮痛薬を処方してもらっているという。

だが、アメリカ人の健康が悪化しているのは、健康によくない気候が原因でもなければ、病気の移民がアメリカに押し寄せているからでもない。感染症の流行により、アメリカ人の寿命がヨーロッパ諸国の人々より短くなっているわけでもない。因果関係は、むしろその逆だと思われる。

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